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Irreglar Mind

第9章 ほんとのこころ - 1 -

「別れた……ぁ?うそ、だってまだ2ヶ月……」

彰子が素っ頓狂な声をあげるのって、とっても珍しい光景かもしれない。

……なんて、口に出したら絶対怒られそうなことを、そのときの俺は考えてた。

というよりも、よく通る彰子の声のせいで向けられた周りの視線から逃げていたってのが、ほんとは正しいんだけど。

ああ、失敗失敗。もうちょっと場所選ぶべきだったよな。

見世物に甘んじるほど今の俺には余裕なんてないから、彰子の腕をとって教室から引きずり出した。

思わず叫んでしまった彰子も、そのことはわかってくれたのか、おとなしいもんだった。

ほんとはさ、彰子に言おうかどうしようか、迷ったんだ。……昨日、あったことを。

だけどどこかに吐き出さずにはやっぱりいられなくて、そしてそれができる相手は、彰子しかなくて。

午前中の授業なんて、ほとんど耳に入ってやしないよ。

昼休みになるなり、お昼食べようって寄ってきた彰子つかまえて、ぼそっと耳打ち。

で、さっきのあの反応。そして今に至る……とまぁ、こんなわけなんだけど。

あまり人の通らない屋上への廊下を歩きながら、俺は低い声で答えた。

「時間は関係ない。もともと恋愛してつきあってたわけじゃないし」

脳裏に浮かぶのは、昨日高江が俺に言った言葉。

偽物だって、あいつは言った。あいつにとって俺とつきあってたことは、偽物だったってことだ。

つきあってるフリってやつ。真似事。

そうわかって、俺はショックだった。

すごく悲しかった。

だって、俺は楽しかった。高江と一緒になにかすることが、楽しかった。

だけど、あいつはそうじゃなかったんだ。

「高江を縛ることなんて、俺にはできないから」

つきあうってことを、縛ることだとは思ってなかった。

でも、あいつがそれを偽物だっていうんなら、話は別だ。

自分が口にした言葉に、ふと思い出す。

俺が、今口にしたこと。

縛ることなんて、できない。

高江も言っていた。

俺が樹を好きだって言ったとき、おれにお前の心を縛る権利はないから……そう、言った。

しっかり覚えてる。

いつのまにか、俺の中で高江はすごく大きな存在になってたんだってことに、いまさらながらあらためて気づかされて、俺はびっくりした。

知らないうちに俺の中に入ってきて、気づけばいつも一緒にいた。

彰子よりも長く……樹よりも、親しく、していた。

いまさら気づいても遅いけれど……あいつが隣りにいることが、当たり前になってたんだ。

「……瑠希ちゃん、後悔してるでしょ?」

彰子がそう言って、俺の顔をのぞきこんだ。

後悔…………?

俺はうなずこうとして、だけどうなずけなかった。

……後悔よりも前の所で、俺は動けなくなってるんだよ、彰子。

ほんとの後悔は。

最初の段階を間違えたことだ。

樹を忘れたいって、高江にすがったことだ。……あれが、そもそも間違いだったんだ。

なんでもっと考えなかったんだろう。

目先の苦しさからただ逃げ出したかった。ほんとに大切なことが見えていなくて……だから、こんなことになる。

「悪気があって、怒らせたわけじゃないんだよね?」

彰子は、知らない。

なんで高江が怒ったのか。……そもそも、俺と高江がつきあうことになったいきさつも。

樹を好きになったことも、伝えてない。

前に失恋したときに、一番近くで慰めてくれたのは彰子だった。

もしも樹に失恋したと知ったら、絶対心配してくれるのはわかってた。……だからこそ、今度は巻き込みたくなかったんだ。

今美波の兄貴と幸せでいる彰子に、余計な心配をかけたくなかった。

だからこそ、高江と別れたことを言わずにいられなかったんだけど。

高江と俺がつきあってるってことは、結構周囲に知れ渡ってしまっていたから、彰子ももちろん知っていて。

だのに、いきなり一緒につるまなくなったら、それはいったいどうしたことかって、心配するだろ?

彰子のことだから、きっと聞きたくてもぐっと我慢して、黙ってあれこれ心配するに決まってるんだ。

そんなことは必要ないよって……そのための報告なんだけれど。

それでもやっぱり、心配させてしまうんだよな。

俺はちょっとため息をついて、あたりまえだろ、と答えた。

本心だった。

俺はただ、樹を元気づけてやりたかったんだ。

紗夜さんにふられて落ち込んでるあいつをなんとか慰めてやりたくて、それでもお前を好きになってくれる奴もいるんだぜって、そういうつもりだった。

あいつが自分に自信を持てればいいと思ったんだ。

高江を裏切ろうなんて、全然思ってなかった。あの時はそんなこと、考えもしなかったんだ。気づいたのは、高江に言われた時だ。

「なら、高江くんにそう言えばいいじゃない」

あっさり言ってくれるなよ。

それができればこんなことにはなってない。

悪気がなかった……だから許せってのは、あまりにも自分勝手じゃないか?

理由はどうあれ、俺は結果として高江を裏切り、傷つけたんだから。

「弁解したところで、聞いてくれるような奴じゃない」

かぶりを振って答えた俺に、だけど彰子は思いがけなくも厳しい視線をくれた。

「瑠希ちゃんは、怖がってるだけだよ」

な……。

俺は絶句して彰子の顔をまじまじと見つめた。

彼女がこんなことを言うなんて、信じられなかった。

俺が、怖がってる……?

なにを?なにをだよ、彰子?

俺は大いに自尊心を傷つけられてむっとし、言い返そうと口を開きかけて気づいた。

彰子が小さく震えてることに。

彼女の目はすごく不安そうで、それで俺は悟ったんだ。

彼女が俺をすごくすごく真剣に心配してることを。

なんとか高江と仲直りしてほしいんだって。

俺が怒るんじゃないか、彰子を嫌うんじゃないか……そんなふうにびくびくしながら、……それでも言って、くれたんだ。

そう思ったら、頭に上った血がすっと冷えて、落ち着いた。

……なにを怖がってるか……?

わかってるから、いらついたんだ。ほんとはね。

「高江くんと知り合ってから、瑠希ちゃん変わったよ。わかってる?すごく優しい顔をするようになったの」

変わった……?

自分じゃ全然わからないけど、そうなんだろうか。

「前はすごく周りの空気がはりつめてる感じがして、近寄りがたいところがあったの。でも高江くんと一緒にいるときの瑠希ちゃんは、よく笑ってて、すごく綺麗なんだよ」

彰子の言葉の中に、いきなり予期せぬ言葉が出てきて、俺は面食らってしまった。

綺麗…………?

たとえ天地がひっくりかえろうとも自分には当てはまらない言葉だと思ってた、その言葉って。

鏡を見たくないほど造作が悪いとは思わない。思わないけど、愛想はないわ、笑顔はないわ、目つきは悪いわ……それに綺麗だなんて形容は、どう考えても合わなくないか?

「気のせいだろ」

思わず笑って否定した俺を、彰子は真剣な表情で見つめた。

「瑠希ちゃんは、綺麗だよ。もっと自分に自信を持つべきだと思う。まず自分が自分を好きにならなきゃ、なんにもはじまらないじゃない。恋愛は偶然とか運命とかじゃないの。待ってるだけじゃだめなんだよ?幸せになりたいなら、自分で引き寄せてつかみとるくらいしなくちゃ」

強い言葉に、俺はなんだか圧倒された。

……俺は、いつも。彰子は守ってやらなくちゃならない人だって思ってた。

だけど、なんだろう、今の彰子を見てると、その言葉を聞いてると、そんなことないって思えてくる。

なんなんだろう、このパワーって。

いつのまに、そんなに強くなったんだろう、彰子は。

「彰子は……そうしたわけ?」

俺の質問に向けられた笑顔が、答えだった。

彰子の強さは、美波の兄貴がいるからあるんだな。

世の中の女の子って、みんなこんなに強いんだろうか。

そういう強さを持てることを、俺はうらやましく思った。

こんなに素直になれたらいいと思った。

「自分のしたいことを、すればいいんだよ?」

彰子の言葉が、心に落ちてきて、響いた。