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Irreglar Mind

第9章 ほんとのこころ - 2 -

俺の、したいこと……。

彰子の言葉を、俺は何度も心の中で繰り返した。

それって、なんだろう。俺は今、誰に何をどうしてほしくて、誰に何をどうしたいんだろう。

わかっているはずのことなのに、ちゃんと形にしようとするとはっきりしなくて、すり抜けていってしまう。

それがもどかしかった。

そんなうち、廊下ですれ違っても声すら掛け合わないまま、高江と別れて一月が経った。

2月に入っても、俺は結論を出せずにいたんだ。

このままじゃ嫌だ。

そうはわかっていても、だからどうしたいのか、どうすべきなのか、わからなかった。

謝ってしまうのは簡単だけど、それってなんだか違うんだ。

伝えたいのはそんな表面的なことじゃなくて。

そこまでわかっていながら、だけど形にならない。

そんなふうに過ごしていたある日、樹が俺を呼び出してきた。

樹と会うのも、久しぶりだ。

また紗夜さんのことかもしれない……そう思ってちょっと緊張しながら、俺は出かけて行った。

紗夜さんの気持ち……それって、もう高江に伝わってるんだろうか。

俺が樹に告白したってことを高江に知らせたのは、樹自身だった。そのとき彼は、どれくらい高江に話したんだろう。

もし紗夜さんが高江を好きだったってことまで話してたとしたら、ひょっとして呼び出しの理由は、二人がくっついたって話なのかもしれない。

そう思うと気が気じゃなかったんだ。

だけど樹の用事はそんなことじゃなかった。

全然、違った。

「俺とつきあわないか」

そう、彼は言ったんだ。

俺は一瞬何を言われたのかわからなくて呆然とし、ついてパニックに陥った。

だってわからない。なんでいきなりそうなるんだよ?

ちょっと話が急変しすぎじゃないかっ?

けれど樹はいたってまじめで、俺はそんな彼に対してパニックっていては失礼だとなんとか冷静さを取り戻そうとした。

樹と、つきあう……。

嬉しいはずの申し出だというのに、素直に喜べない。

何も言わずにいると樹は少し寂しそうな顔になって、言った。

「俺、瑠希のこと好きだよ。紗夜ほどじゃないけど、これからもっと好きになれると思う。……好きになりたいんだ。それは、駄目かな?」

その言葉に、俺は、ああ、と思った。

俺と同じなんだ。今の樹は……あのときの、俺と。

高江にすがったときの俺と。

紗夜さんへの想いをなんとか自分の中で整理したくて、誰かに助けてほしいんだ。

助けを求めたのが俺だったということに、少なからず嬉しくはあった。

でも。……でも、俺は。

そう言われても、何も言えなかった。

ただ樹の顔を見つめて立ちつくし、必死に言葉を探していた。

あれほど焦がれた言葉を耳にしながら……だけど、俺の口から出た言葉は、自分の思い描いたものとは全然違っていた。

「俺、……樹のこと、好きだったよ。ほんとに、好きだったんだ」

いつからだろう。

俺の中で樹の位置が元に戻ってしまったのは。

それは自分でも気づかないほど、自然な変化だった。

……そう、自覚しなかったからこそ、俺は間違えた。

「前にさ、話したことがあったよな。男と女の間に友情は成立するかって……」

あのとき、樹はこう答えた。

友情を深めて行って、二人っきりで会うようになったりしたら、それは恋愛だって。だから異性間の親友ってのはありえないんだって。

あのとき、俺は反対したけど。

「お前は、正しいよ…」

突然何を言い出すのかって、そんな顔を樹はしてたけど、不意に得心したような表情になった。

俺の言わんとすることを理解したんだと思う。

ずっとそばにいてくれた存在に対する俺の感情は、樹の言う通り、友情とは違うものになってた。

気づいた時には自分でも信じられなかった。

そうなるように努力してたのは事実だけど、そうなったのは努力の結果じゃない。

自然にそうなっていたんだ。

俺は、高江が好きだ。

ずっと樹が好きなんだと思ってたし、確かに惹かれていて。

だけど気づいた時の気持ちの重さは、もう違っていたんだ。

なんて悪いタイミングだったんだろうって思うけど。

終わりだって……そう言われてやっと、気づくなんて、馬鹿みたいだ。

「だから、樹……ごめん」

俺は、お前の支えになってやれない。

「……別れたって聞いた」

ぼそりと樹がもらし、俺は少し頬をこわばらせた。

「そうだよ」

できるだけさりげなく言ったつもりだったのに、声は震えて、俺は思わず苦笑してしまった。

だけど、樹。

俺が好きなのは高江なんだよ。高江が紗夜さんを好きでも。

俺とつきあっていたことを、偽物だとしか思ってなくても。

可能性がないからってここで樹と二人、寄りかかりあったりしたら……楽だろうけれど、きっとまた同じ過ちを犯すことになる。

今度は、樹を傷つけることになるかもしれない。

そんなのは、嫌だ。

高江の友情を失って、愛情も手に入らないのに、この上樹まで傷つけて失うなんて、嫌だよ。

裏切りの代償は、高いな。

裏切って、傷つけて、俺はあいつを失った。

失ってはじめてわかった。思い知らされた。

どれだけ高江を必要としてたかということ。

あいつが言った言葉、仕草、そんなものの一つ一つまで思い出せる。

自分でもどうしようもないくらい、彼は俺の中で大きな存在を占めてるんだ。

「だけど……樹、俺は自分に正直でいたい」

同じ間違いを犯さないように。

俺は唇を噛んで、樹にそう告げた。

それが、今の俺にできる精一杯だった。