ヴェイルの守護者
九章
タリア……タリア、どこにいる?
懐かしい声が呼んでいる──けれどそれは遠くて。
わたしの声が聞こえるか?
答えを求めるような、自問のような問いかけ。
姫様。
やめてください、姫様。
タリアはもう、呼ばれても声が出せないのです。
あなたに、声を返せない。
男に裂かれてしまった喉を、指でなぞる。
どくどくと流れ続けているのは、真っ赤な鮮血──人としての、命。
必ず助けに行くから。
だから、待っていろ、タリア。
いいえ、姫様。
来ないでください。
わたしを見ないで……お願いですから、この姿を。
奪われた声。
もう、呼べない。
けれどよかったのかもしれない。
だって言いたくはなかった──遅すぎた、だなんて。
あなたの悲しむ顔を見たくない……あなたに恨み言を言いたくないから。
「ヨーラ」
声が響いた。
ヨーラは物憂げな様子でその方向に視線を動かす。
「……こいつ、うるさい」
顔をしかめて言うと、彼は苦笑を浮かべた。
「まだ『いる』のか……なかなかしぶといな」
ヨーラは面白くなさそうに、ふんと鼻を鳴らす。
「気に入らない」
わがまま全開の口調に、彼は肩をすくめた。
「しばらくは我慢しろ。……わたしはなかなかのものだと思っているのだがね」
「お前は変だ」
あっさりそう言われてしまっては返す言葉もない。男は苦笑するのみだ。
「しばらく……だぞ。ずっとなんて、ごめんだからな」
高飛車な物言いでそう言って、ヨーラは再び視線を男から外した。
見つめるは虚空。
なんの感情も宿らぬ瞳で、ヨーラは空を見つめる。