ヴェイルの守護者
四章
「お前は生きた眼をしているのだな。珍しい……。いい拾いものをした」
タリアの顎に手をかけて、男はくつくつと笑い声をたてた。
美しい、笑い声を。
「手放すのは惜しいが、あいつには代えられないからな。……まぁ、しかたあるまい」
しかたない、といいつつ、男の手は未練を帯びてタリアに触れる。
笑みに細められた彼の瞳は見事なばかりの銀であった。
彼の名をタリアは知らない。タリアを魅了する美しい存在として、彼はそこにいた。
本来なら憎むべき相手を、けれどタリアは静かな顔で見つめている。
……否、憎んでは、いたのだ。
大切な大切な存在から、自分を引き離した男。
憎んでも憎んでも憎み足りない。
その思いを抱えながら……けれど愛していた。決して実ることはないと知りつつ、男に焦がれていたのだ。
憎しみと愛情。
感情の二律背反。
狂おしいまでの葛藤を、タリアは必死で内に抱え込む。
弱みなどみせない。
それが最後の砦。
「わたしを殺すのですか?」
恐怖というものを知らないかのように、彼女は凛としていた。声も震えない。視線も揺るがない。
ただ、静かな問いかけ。
「ああ」
返るのは短い肯定の言葉。
嫌だ、とは不思議と思わなかった。怖い、とも。
ただ気がかりなのは、別れを告げることも許されなかった主君の少女。
ただ一人、忠誠を捧げた、自分の主人。
──姫様。
言葉にならない想いを祈りに託す。
タリアは幸せでございました。
姫様のそばにいられて、幸せでございました。
きっと彼女は怒るに違いない。泣きながら、猛烈に腹を立てるだろう。
許さない、と。
誰が死んでいいと言った、と。
そう言って、なじるだろう。
まだ見ぬ、そして決して見ることのない未来の光景が、タリアには手に取るように分かった。
姫様。
わたしはもう姫様のおそばでお仕えすることはできませんけれど。
ずっと、そばにおりますから。
タリアは姫様についておりますから。
誰よりも大切で、愛しい存在。
守ってさしあげねば、といつも思っていた。女官の身でありながら、ずいぶんさしでた真似も幾度かした。
すべては、ただ一人のため。
自分にだけ心を開いてくれた、ただ一人の。
絶対に一人になどしませんから。
だから、お許しくださいましね──。
幾度謝罪の言葉を祈りに乗せただろう。
少しでもいい。この想いが、あの方に伝わりますように。
タリアは裏切ったのではないと。
いつでも一緒だと。
伝わりますように──。
一筋、涙がこぼれおちた。
男の指が、それをすくいあげる。
「お前は美しいな。本当に……美しい」
指先に宿る輝きを見つめて、彼はそんな言葉を口にした。
言ってはいけない……わたしをほめてはいけない。
すでに想いが苦痛になりはじめているというのに、これ以上の言葉を耳にしたら。
きっと耐えられなくなる。
言葉以上のものを求めてしまう……それすなわち敗北だと。
それがわかっていたから、タリアは心を閉ざした。
何も感じぬように。
これ以上、愛さないために。
姫様。
──助けて、ください…………!
叫びを、祈りに変えて。