Irreglar Mind
第7章 封恋 - 3 -
「いつまで二人でしゃべってんだよ。みんな待ってんだぜ」
少しいらいらした口調でそう言いながら樹が入ってきた。紗夜さんの車椅子、押して。
ああ、やだなぁ、心臓が痛い……。
「瑠希、平気なのか?いきなり倒れるから、びっくりしたぞ……」
心配そうにそう言う樹の顔を、俺はまともに見ることもできずにいた。
実は、樹の顔を見た瞬間にあがっちまって、真っ赤になってしまっていたんだよな。でもって一度意識しちまうともう冷静になれなくて、口をきけばきっとどもると思ったし、何も言えなくてうつむいてたんだ。
そうしたら樹は俺の具合がよくないんだと勘違いしたらしくて、言ったわけ。
「大丈夫か?」
でもって、ひょいっとのぞきこまれたりして……心臓に悪いったらありゃしない。
くそぅ、しっかりしろ、俺の心臓。
すっごくどきどきしながら、かろうじて首を縦に振る。
俺、本当に好きなんだな、樹のこと。これくらいであがっちまうなんて。
さめてるだの冷たいだのかわいげがないだの……そう言われつづけて16年、この俺がよもやこんなふうになるなんて、きっと誰にも想像できなかったに違いない。
樹と知り合ってからこっち、涙腺は緩むわ、性格は変わるわ、男の好みまで変わっちまうなんて。
半年前までの俺なら、絶対樹なんて好きにならなかった。
そうだな、高江みたいなタイプの方が好きだったんだ。落ち着いてて、大人びた雰囲気を持ってて、物腰の静かな人。
……俺をふったあいつも、そういう奴だった。
「ストレスだって?間違ったって悩みなんか抱えてそうにないのになぁ……」
それってものすごく失礼な発言じゃないかっ?
俺の顔をのぞきこんだまま、くすくす笑ってそう言った樹に、俺はちょっとむっとしたけど、それはすぐにため息になる。
それでも、好きなんだよなぁ。惹かれてる、すごく。
ものすごく惹かれて、むちゃくちゃ惹かれて、息がつまりそうだ。
俺は、おかしくなっちゃったのかもしれない。
そう、思うほどに。
苦しい。
こんなのは、はじめてだ。
わけもなく泣き出しそうになることなんて、今まではなかった。
言っちまったら、楽になれるんだろうな。でも、言わない。
好きだなんて、言えないよ────俺は樹にとって、「男友達」だ。
それに紗夜さんって彼女がいるのに。
言えるわけが、ない……。
「瑠希はもうちょっと寝てろな。ちょっとみんなに言っておくことがあって……ここで言っちまうけど」
樹が顔を上げて、みんなを見まわした。
いつのまにか彰子も美波の兄貴も戻ってきてる。
俺を含め、全員の視線が集まる中、彼はちょっと微笑んで、紗夜さんの手をとった。
で、車椅子から立ちあがらせる。
俺は嫌な予感を覚えて、不安をおさえられなかった。
聞いちゃいけないと思った。
予感が告げてた、逃げろって。
だけど体はこわばったまま動いちゃくれなくて、俺は血の気が引く思いで、聞いたんだ。
樹の次の言葉を。
「俺、紗夜と正式に婚約した」