Irreglar Mind
第11章 眠らない夜の行方 - 1 -
こんなに時間が早く過ぎていくものだとは、知らなかった。
きっとそれは、俺の価値観の問題なんだと、わかってはいるけれど。
少しでも長く。
そう願うから……どんどん近づいてくる別れの日が、怖くて怖くてしかたない。
けれど、そんな思いだけを置き去りに、時間は過ぎて、あっという間に3月も終わりになろうとしていた。
4月に日本を経つと言った高江は、けれど3学期が終わったらすぐに経つことに決めたらしい。
21日に出発する彼の送別会を20日にやろうと、樹が連絡をよこした。
21日。終業式が終わった後、日本を後にする高江。
3月半ばに学年末試験が終わり、20日までのテスト休みに入って、俺はなんだか抜け殻みたいな毎日を過ごしていた。
ぼんやりと部屋で転がって、考えるのは高江のこと。
考えまいとしても、どうしたって頭に浮かぶ、あいつのこと。
一つ、気づいたことがある。
俺の恋の始まった瞬間。
それって、多分あの時だ。
高江、お前、幸せになりたい?
そう尋ねたときだと思う。
あのときから俺は、高江が幸せであるようにと……そう願いつづけてきたんだ。
俺は高江が言ったように、恋に対してすごく一途なんだろう。
他のことが目に入らなくなるほど、全身全霊で一人を好きになるんだ。だから、ひどく傷つきやすい。
すぐに思いつめちまう。
だって、他のことなんてなんにも見えないから、主観でしか見てないからな。
多分俺の恋愛の仕方は、不器用過ぎて相手にとってはすごく重荷なんだろうって思う。
自分の気持ちだけしか考えられない。
だけどそれってすごく悲しいことだよな。
だから、やめるんだ。そういう恋の仕方を、やめる。
相手のことだけ考えて、相手の負担にならないようにすればいい。
不器用なのはわかってる、自分も相手もなんて望まない。
欲張らずに一つだけを狙うよ、高江。
お前のことだけ考える。
お前が幸せになることだけを。
俺のは、いらないよ。
テスト休みも最終日になって、明日は送別会だっていう日も、やっぱり俺は部屋に閉じこもっていて。
その晩はずっと、眠らなかった。
眠れなかったんじゃない、眠らなかったんだ、自分の意志で。
だって眠ったりしたら絶対泣いちまうよ。無意識のうちに涙腺がゆるんじまう……わかる。
起きてる状態でだって、気を張り詰めてないとすぐに涙があふれそうになるんだから。
絶対泣かないって、涙なんか流さないって決めたんだ。
だって明日はあいつに会うんだぜ。
泣いたりしたら目が腫れて、あいつにばれちまうよ。それは駄目だ。
あいつには平気な顔しか見せない。
いつだって、笑っててやるんだ。
そうすることでしか、俺はあいつに幸せをやれないから。
笑うことしか、できないから。
だから、泣かなかった。
泣きたいときに泣かないってことが、すごく辛いことなんだってことを、このとき俺は初めて知った。
一瞬でも気を抜いたらすぐにでも涙があふれてこぼれ落ちそうで……そうなったらもう我慢なんてきかないってわかっていたから、必死でこらえて、ずっとじっとしたまま、両手を握り締めてた。
次から次へと高江のことが脳裏に浮かんで、苦しかった。
そのままの俺でいいって言ってくれた高江。
自分をわかってくれる人が欲しいと、切実に望んでいた高江。
亡くした人を救ってやれなかったと悔やんでいた、高江。
そうして……俺に救いの手を差し伸べてくれた、高江。
俺はすごく感謝してる。
こんな気持ちを教えてくれた彼に。
今までは知らなかった。
たとえ相手の胸中に誰がいようと、その人のことを考えるだけで幸せになれる。
そして胸が痛くなる。
高江がいなかったら、きっと知らなかった。
自分勝手な恋をずっと続けていただろう。
高江。
お前、幸せになれるよ、俺が保証する。
俺の想いの分まで、幸せになれ。
俺は見ててやるよ、笑って。
お前が幸せになるのを、見届けてやる。
ずっと、見ているから。