Irreglar Mind
第11章 眠らない夜の行方 - 2 -
3月20日。
終業式と高江の出立を翌日に控えたこの日、俺と彰子は中原邸を訪れた。
送別会を、ここでやるんだ。
美波の兄貴はどうしても抜けられない用事があるらしくて、来れないんだって彰子が言ってた。
並んで座った高江と紗夜さんに、樹は結構平気そうな顔をして言った。
「そうやってるとやっぱりお似合いって感じだよな。俺じゃ役不足だったわけだ」
軽く肩をすくめる様子に、俺は樹のことを尊敬した。
あんなに打ちのめされていた彼なのに、こうやって二人を祝福することができるんだ。
今こうしてここにいることが、辛くないはずはないのに。
彼も同じなのかな、俺と。
紗夜さんが幸せであることを願って……親友である高江もそうであることを祈って。
「明日は何時の飛行機だっけ?」
尋ねて樹はグラスのコーラをぐいっと一気に飲み干した。
俺は彼の隣りに座っていて、実は彼がテーブルの下に隠した左手を、強く強く握り締めているのを、知っていた。
「2時。何だ、知らなかったのか?」
高江がちょっと笑ってそう言った。
俺はそれが不満だった。
だって、高江が笑わない。
見たいのは、こんな皮肉っぽい笑顔じゃなくて、心底からの笑顔なのに。
「紗夜が見送りなんていらないって教えてくれなかったんだぜ。当然行くけどな。……瑠希も、行くんだろ?」
さりげない樹の最後の一言に、俺はどきっとした。
「俺は、行かないよ」
さらっとそう言う。
できるだけ、さらっと。
動揺が悟られないように。
行けないよ、送りになんて。
笑っていたいから……高江の前ではずっと。
だからその自信のないことはしないんだ。
「明日は用事があるから」
何気ない顔で取りつくろって。
「………………ああ」
高江は少し微笑んで、そう答えた。
その日の帰り、俺と高江は途中から二人になった。
帰る方角が同じだから、必然的にそうなるんだけど。
彰子が降りてしまったバスの中、なんとなく言葉を交わすでもなく隣り同士でいたんだけれど……やがて沈黙を破ったのは俺のほうだった。
「高江……ありがとうな」
ずっと言いたかった言葉を、俺は口にした。
「何が?」
少し首をかしげて高江が尋ねる。
「いろいろと、さ。ほんとに、いろいろ……」
どう言っていいのかわからず、そう言った俺に、高江は少し笑って、それっきりまた沈黙が続いた。
話す言葉が見つからないよ。
一緒にいたときは、そんなことなかったのにな。
結局何も話せぬまま、俺が降りる停留所が近づいて、俺は席から立ちあがった。
「じゃーな」
そう、声をかけて、別れようとした。
まるで明日もまた会える。そんなふうに。
それは不可能なことじゃない。でも、嘘だ。
午前中、学校で会えるのは確かだけれど……でも今言うべきはそんな言葉じゃないはずなのに。
なのにそうとしか言えなかった。
ちいさなため息を心の中でつきながらそのまま降りようとして、そこでふと気づいたんだ。
大切なことを言い忘れたことに。
「高江」
タラップを降りる途中で、振りかえった。
視線の先で、高江が俺の姿を視界に捉える。
泣くなよ、瑠希。
これで最後だから。
引きつるんじゃねーぞ。
ありったけの想いをつめて。
とびきりの笑顔で。
さぁ、言ってやれ。
「────お幸せに」