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君がここにいる奇跡

エピローグ

「樹川、くん……?」

ささやくような呼びかけに、目を開けた。

至近距離、と呼ぶには遠いところに里中の顔がある。

あおむけにごろんと、木陰に横になった状態で俺はちょっと笑った。

「風が、気持ちいいんだ」

俺にとって鬼門だった場所。

緑に囲まれたその場所で、だけど俺は笑うことができる。

まぶしい半円の地を臨むところで。

耳鳴りも頭痛もない。ただ、穏やかで心地よい空気がある。

「……一緒していい?」

遠慮がちな里中の声に、俺はうなずいた。

夏が終わる。

夏休み最後の日だった。そう思ったら自然とここに足が向いていたんだ。

里中もそうなのかな、とちらりと思い目を上げたら、そばに座った彼女と目があった。

ふわり、優しい笑みが返る。やわらなかな声と共に。

「ほんとに、気持ちいいね」

さわさわと風が鳴る。

さやぐような、彼女の声が聞こえる。

「お母さん、調子いいの。……そばにいさせてくれて、ありがとう」

そっか。

俺はなにも、礼を言われるようなことはしてない。

だけど、里中の言葉が嬉しくて、また少し笑った。

ゆっくりと目を閉じる。

安心する空気がある。

壊されたくない空間がある。

……守りたい。

こんな時間でいい。

こんなぬくもりでいい。

こんな幸せが、いい。

───夢を、見よう。

この穏やかな空気に守られながら。

夢の中、あいつに会いに行く。

隔てたときを縮めるために。

眠る分だけ明日に近づく。

明日になる度、あいつに近づく。

あいつのいる時代に少しずつ。

だから夢を見よう。

馨る風とせせらぐ水といっぱいの陽ざしと。

そこにいてほしい人と。

いっぱいのぜいたくを抱えて夢を見よう。

きっと来るいつかを。

────君がここにいる奇跡を。

- Fin -

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