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Irreglar Mind

第5章 どもった電話の相手

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

俺、自分がこんなにもろいなんて思わなかった。

樹を好きになるなんて、絶対ないはずだったんだ。

ほんとに、ないはずだったんだ……。

文化祭の翌日は月曜で代休だったから、学校は休みだった。

俺は、文化祭の代休があってくれて、ほんとによかったと思った。

だって、学校なんて行けない。

高江を、見られない。

あいつは俺の気持ちを見抜いちまうよ。

ずっとあいつは言ってたのに。惚れるなって、言ってたのに!

一日中部屋に閉じこもって過ごして、火曜の朝になってもまだ、俺は悶々としていた。

まだ信じられなかったんだ。……いや、違う、信じたくなかった、んだ。

自分で自分がわからなかった。

なんで、こんなことになったんだ。誰かを好きになることなんてないと思ってた……ならないと決めてた。

そう決めたのは、そんなに遠い過去のことじゃない。

あのときの思いを、俺はまだ忘れてなんかいないのに。

あんな思いはもういやで、二度と味わいたくなくて……これ以上惨めになるのが嫌で。

だから、俺は女をやめようとまで思ったのに、なんで……!

「お姉ちゃん、朝ご飯どうする?」

亜夜夏がドアの向こうで聞いた。

ああ、もうそんな時間か。

時計を見れば、午前7時半だった。学校へ行くなら、そろそろ支度しなきゃならない。

重い気持ちのまま、俺は布団の中から妹に答える。

「いらない」

昨日からろくに食ってないけど、それどころじゃなかった。

高江に、なんて言おう。なんて言えばいいんだろう。

……勘違いなら、いいのに。

ただの錯覚で、俺の気持ちが単なる一瞬の気の迷いみたいなものだったら……どんなにいいだろう。

そう思ったときだった。階下で電話のベルが鳴り、応対したらしい亜夜夏の声が響いた。

「お姉ちゃん、電話!高江さんって、男の人から」

その声に俺はどきっとした。

高江から……?

思わず顔をこわばらせながら、布団からはいずり出て階段を降りた。

なにか、びくびくした気持ちで電話に出る。

……悪いことはしてないはずなのに。なのに、心が怯えてる。

何にかは……自分でもよくわかってない。だから、怖くて。

「もしもし、高江?」

その次の瞬間、俺は信じられない思いで、心臓が止まりそうになってしまった。

だって、なんだよ、これ。なんなんだよ!

「瑠希?俺。樹だけど」

電話の主は、そう言ったんだぜ?

高江からって亜夜夏は言ったじゃないか!なんで樹が出るんだよ?

俺は思わず少しパニックしてしまい、同時に裏切られた気分を感じたりした。

高江だって、言ったじゃないか。なんで樹なんだよ……?

樹が電話してきた、そのことにびっくりしたのと。

なんで樹が高江なんて名乗ったのか、それが不思議だったのと。

そして、なにより。

俺は嬉しかったんだ。嬉しかったんだよ。

樹の声を聞いた瞬間に、どきっとして……それから、ああ、好きだなって思って。

素直にそう感じてしまった自分が、怖かった。

「おい、瑠希、聞いてる?」

樹の不審そうな声ではっと我に返り、あたふたとしながら、

「あ、ああ、聞いてる」

と答えたら、電話の向こうでちょっと笑ったみたいだった。

「ごめんな、高江の名前なんか使って。びっくりしたろ?」

しすぎて、声も出なかったぜ。

「悪気はなかったんだけど、高江がそうしろって言ったから」

高江が?わかんねーな、なんでそんなこと。

俺は首をかしげて、それからふと気づいた。

「樹、今高江と一緒なのか?」

返ってきたのは、あっさりした返事。

「そう。俺、お前ん家の番号知らなかったから教えろっつったら呼び出されて」

続いた言葉がなかなかにすごかった。

「今、お前ん家の前」

なにーーーっ?

俺は目をむいて口をあんぐり開け、それから受話器に向かって叫んだ、噛みつくように。

「なんでっ!?」

どうしてこんな朝っぱらから人の家の前までやってきて、でもってわざわざ電話してくるんだ?

いったい高江の奴、何考えてんだよ、天才の考えることってわからねぇよっ!

「こうでもしないとお前、学校に来ないだろうが」

電話口の声が変わり、皮肉げな言葉を俺に伝えた。

げっ、高江!

俺は言葉に詰まってうめき、でもって感心してしまった。そんな場合じゃなかったんだけど。

すげぇなぁ、なんでもお見通しってわけか。わざわざ樹も同伴ってことは、俺の気持ちもすでにばれちまってるってことかな。

……あ、でも待てよ。

ばれてるとしたら、樹を連れてくるわけないよな。あれだけしつこく、惚れるなって言ってたんだから。
ということは、どういうことなんだ?

俺が樹を好きだってことを抜いて、どうして俺が学校に行きたくないと思ってるってわかったんだろう?
「お前、日曜日変だったからな。落ち込んでんじゃないかと思ってさ。……心配してるのは樹で、おれはそうでもないけど」

……一言多いんだよ、高江。

どうせお前に心配してもらえるなんて思っちゃいないけど、ここまではっきり言わなくてもいいじゃないか。

確かに俺は落ち込んでるんだよ、すっごく。

これ以上ないほどふかーく落ち込んでて、地球に穴開けて裏側に出ちまいそうなくらいにね。

わかったか、この野郎……なんて。

高江に対して内心で毒づきながらも、俺はひそかに嬉しがっていたりも、したんだ。

心配、してくれたんだ。

樹が、俺を。そのことが、嬉しかった。

と、そのとき。

「お前、俺に隠してることないか?」

え?

唐突に尋ねられて、俺はどきっとし、うろたえてしまった。

だって、こんな不意打ちって卑怯だ。

でも、言えないよな、やっぱり。

絶対に大丈夫だからって言って、友達になるって宣言した奴を……樹を、好きになっちまった、だなんて。

絶対に、言えない。

高江が怒るのは分かってる。

「べ、べべべ……別にっ?」

焦って答えようとして、どもった。

……ああ、俺の馬鹿、なんでどもるんだよ……。これじゃ、隠し事ありますって白状してるようなもんじゃないか……。

「おい?」

え、えーとえーとえーと……どうしたらいいんだ、どうしよう。

「た、樹はっ?樹出して、樹っ」

これ以上高江と話したら絶対ばれそうな予感がしたから、俺は慌ててそう言った。

……絶対疑われた気がするけど……。

「瑠希、どうしたんだよ?」

聞こえてくる声が変わって、俺は正直ほっとした。……したけど、それってほんとにほんとの一瞬。

だって今、樹としゃべってるんだぜ?

これがほっとしてる場合かよ。

心臓どきどき顔ポッポッ、足はがくがく手はぶるぶる。きわめつけに冷や汗が背中にタラリ……。

なんだよ、これじゃまるでヤバイ患者みたいに見えるじゃないか……。

「た、たたたたたた樹っ?え、えっと……えっと、日曜は、ご、ごめんな」

うっ、うわうわうわうわうわうわうわうわ。

なんだよこれ、なんだよこれぇっ?

俺、どうしちゃったんだよ、どもってるよ、なんなんだよっ。

「おい、瑠希?お前、どっか具合でも」

「わ、わわ悪くないいぃぃ、だ、だ大丈夫っ」

大丈夫じゃねぇ、全然ねぇ!

わーん、まともにしゃべれないっ。どうなってるんだよ、俺!

「いいかげんにまともな日本語をしゃべれ。いくら俺でも、人外語は理解できん」

げげっ、高江?

「うるせーな、好きでどもってんじゃねーんだ、黙ってろ」

……おっ?治った?ちゃんとしゃべれてんじゃん。

高江は好きなことほざいてたけどさ。

「治ったか、瑠希?」

「う、ううううううんっ」

……………あれ?

治ってない……。

てか、これって……樹が相手だから、なのか……?

電話で声を聞いただけでこれって……顔を合わせたらどうなるか、ちょっと想像できない。

ひでぇなぁ、好きだって自覚した途端、これじゃあなぁ……。

告白どころか、普通の友達だって、できやしないよ……。

「おい、俺だ。お前、あとでゆっくり話し合おうな?」

……あ、切れた。

今の最後のって、高江の台詞だよな。

は、話し合おうって……も、もしかして、ばれたのかな、俺の気持ち。

あれだけどもっててごまかせるとは思ってなかったけど、さぁ。

ど、どうしよう……。