1. Home0
  2. Novel1
  3. Irreglar Mind

Irreglar Mind

第2章天才と凡才

翌日、俺は昨日の出来事がどうして夢じゃなかったんだろう……と思わず頭を抱えたくなるような事態に出くわすことになった。

昨日のことってのはもちろん、あのオカマ樹のことだ。

結局あいつ、自分が負けた責任を全部、俺に押しつけやがったんだぜ。

頭を抱えるはめになったのも、そのせいなんだ。

それは、昼休みのことだった。

俺は弁当なかったもんで、学食へうどんを食いに行っていたんだけど、教室に戻ってきてみたら、なんかざわざわしててさ。

なんだろ?って思いつつ教室に入った途端、硬直してしまった。

だって、いたんだ。

俺の席に、男が。

なんだか、体から色気ってか殺気っていうか……なんかそういう、普通と違うぞ的オーラをばしばし出してる奴だった。

整った顔して、黒の絹糸みたいな髪と同じ色の瞳につめたーい色を、浮かべて。

…………高江弓也、だ。

一目見て、なんでだかわかった。こいつが、そうなんだ。

ほんとに来やがった……。

思わず硬直したまんまの俺の後ろにいた彰子が、小さく息を飲んだのが分かった。

……なんでだろ?なんでこいつ、こんなに周りと違う雰囲気まとってるんだろう。

不思議に思いつつ、だけど俺は依然として動けないままで。

理由は、ある。……高江の、視線が怖くて。痛くて。

彼は一人、ぴんと張りつめた空気の中にいて、触れたら砕けちまうんじゃないかって……そんなこと、考えちまった。

あるいは、ナイフで刺されるか。

普段なら絶対思いつきそうにないようなそんなこと……いきなり脳裏をかすめて。

そうしたら、すごく怖くなって、動けなかった。

そんな俺の前で、高江がふっと視線を動かして、俺を見たんだ。

射すくめるような、まなざしで。

検分するような、目つきで。

突き刺すような、視線で。

すごく居心地の悪い、一瞬だった。

「白山瑠希ってのは、お前だよな?」

質問じゃなくて確認だった。しかもいきなりお前呼ばわりだし。

普通なら、むかっ腹ものだけど、このときはそれどころじゃなくて、思わずこくこく素直にうなずいてた。

口調から雰囲気から、いままで知ってる奴らとは全然違う。

うーん、これが天才と凡才の違いってやつなんだろうか。

「中原樹を知ってるよな?」

……やっぱ確認口調なわけね。どうでもいいけど。

俺はまたうなずいて、今度はこっちから話しかけてみることにした。

それって、結構勇気のいることだったけど……なけなしのプライドで、平気そうな顔してさ。

「樹が、俺におごってもらえって言ったのか?」

だけど凡人の俺は、尋ねることしかできなかった。言ったんだな、なんて言えねーよ、なんでこいつ、当たり前のように使えるんだ?

俺の質問に高江は軽くうなずいて、立ちあがった。

「学食まで、つきあえよ」

……げっ、俺、今行ってきたばかりだぜぇ……。

そう思ったけど、立場の弱い俺に否やを唱えられるべくもなくて、素直にお供とあいなりました。はい。
彰子は気をきかせてくれたんだか、高江にびびったんだか、教室に残ってた。ついてきていいのに……。
学食へ向け二人、肩を並べる。……いや、並んでないな。高江って、結構背が高いんだ。

なんとなく、奴の後ろを歩きたい気分だったんだけど、それってなんか変じゃん?だから隣を歩いたけどさ……誰かと一緒に歩くのに、こんなにびくびくしたことってないや。

そんな俺に、高江がおもむろに言ったんだ。

「樹はおれに、隣りのクラスに白山瑠希って男がいるから、そいつにおごってもらえと言った。そいつのせいで負けたからって。だけどおれの知る限り、隣りのクラスに白山瑠希って男はいない。女はいるけどな。……お前、あいつどどういう知り合いだ?」

ど、どういう知り合い、って……。

それってこっちが聞きたいよ。だって、本当になりゆきだったんだから。

友達ってほど親しいわけじゃないしなぁ。なんせ昨日初めて会って、しかもこの先会うことがあるかどうかもわからない奴だし。

かといって、ただの通りすがり、なわけないよな。印象強烈すぎるしさ、お互い。

だけどそうしたら、なんて答えればいいんだろう?

困って首をひねった瞬間、高江がふと立ち止まって、俺を見た。

それから、その漆黒の瞳にふぅっと笑いを浮かべて、言ったんだ。

「言っておくが、惚れるなよ?あいつ、女いるぜ」

…………はぁ?

こいつってば、誤解してやんの。

天才ってなんでもわかるもんかと思ってたけど、でもそういうことてあるんだな。

俺はなんだか新鮮な驚きを感じながら、苦笑した。

「そんなんじゃないよ」

だって俺、あいつのこと、友達になれたらいいなとは思ったけど、そういうふうに見たことってないぜ。
そもそも……もう俺は、そういうのって、ごめんだって思ってるんだから。

誰かを好きになることなんて、ない。ないって、決めたんだ。

だから。

なのに高江は首を振って浮かべた笑みをすうっと消し、最初に見せたような射すくめるような光を、また瞳に浮かべたんだ。

ちょっと長めの前髪の間から、睨むような視線を向けられて、俺はびびってしまった。

こ、怖いって……。

「それは嘘だ。お前は必ずあいつを好きになる、また会えば必ずだ。だからもうやめておけ。あいつには自分の女以外の女なんて見えてない。傷つくのが嫌なら、身を引くんだ。あれは不器用だから、傷つけないふり方を知らん」

言った高江の言葉から、すごくやさしい響きがにじみ出て、樹のことがほんとに好きなんだなって思った。

変な意味じゃないぜ、友人としてってことだ。

だけど、今のって聞き捨てならないよな。

俺が樹を好きになる?

いくら天才のお言葉でも、これはちょっといただけない。

だって自分のことだぜ、人にとやかく言われ筋合いはねぇよ。

それに心配しなくたって、俺は樹を好きになったりしない。樹だけじゃなく、誰も。

またあんな言葉を聞くのは嫌だ。あんな思いも、もうしたくない。

そう思っているから、そんなことは絶対にないんだ。

むっとして思わず高江を睨んだら、彼は厳しかったまなざしを和らげて言った。

「お前のためを思って言ってやってるんだ。惚れるなら、おれにしておけ。おれはやさしくふってやれる」

はあぁぁぁぁっ?

なんちゅうことを言うんだ。

おれは思わずぎょっとして目を見開き、ついで思いきり笑い出してしまって、高江に頭をどつかれた。

なにすんだよぉ、暴力反対っ。

「お前は人の厚意を笑うのかっ?」

だってキザなんだよ、すっごく。

大体なんで、すぐにそういう発想に持ってくんだか……。

樹はやめておれにしろ?しかもどっちにしても、ふられるんだろ?

ばかにされてんだか、なんなんだか……俺をどういう人間に思ってるんだか知らないけどさ。

「大丈夫だよ、俺、もう樹には会わないし、会ったとしても、好きにはならない」

高江が俺のことを心配してくれてるのはどうやら本当のことみたいだったから、俺はちょっと笑ってそう言った。

高江って、見た目ほど怖くないのかもな。

だって、初めて会った俺に、なんの関係もない俺に、わざわざこんな気をつかってくれるなんてさ。

……それとも……そうせずにいられないくらい、樹の、彼女への熱愛ぶりがすごいってことなのかな。

まぁ、それは俺に関係のないことで、こいつがいい奴だってことも変わらないことだけど。

ちょっとおせっかいで、変なとこもあるけどさ。

そう思っている俺の横で、だけど高江は難しい表情を浮かべた。ちっとも大丈夫じゃない、というように首を横に振る。

「覚えておけ、おれは間違わない」

え…………。

あんまり自信たっぷりに言われて、俺が呆れたり笑ったりびっくりしたりする前に、彼はくるりと向きを変え、今来た道を戻り出した。

ちょ、ちょっと待てよ。

「学食はどうすんの?」

俺は焦ってその後を追いかけ、俺よりゆうに15センチは背が高い高江に追いついて、その腕に手をかけた。

瞬間、高江が俺のその手をつかんで、俺をぎらっと睨みすえ、言ったのだった。

「おれは間違えたくても間違えられないんだ。お前を樹に会わせて、それを証明してやる」

その思いつめた口調と瞳に俺は圧倒され、思わず息を飲んだ。

ああ、ほんとに心配してくれてるんだな、ってそう思った。

同時に、驚いた。こんなに真剣だとは、思わなかったから。

「樹に惚れて傷ついた奴を、おれは知ってる。あいつは友達としてなら最高だが、恋の相手には不適当だ。おれはあいつのそばに近づいて、わかっていながら惚れずにいられなかった人を、見てきた……きっとお前もそうなる。だから、そうなる前に止めてやりたい」

そう決めつける理由を聞きたかったけど、今の高江にそんな言葉をかけられる余裕はなくて……だから、俺はうなずいた。

怖いなんて思って、悪かったな。

やさしい奴なんだ。そうは見えないから、戸惑って、驚いたけど。

真剣な目をしている高江を見てたら、その言うとおりにしてやりたいと思って、思わず言っていた。

「わかったよ、高江。俺はもう、樹には会わない。約束する」

高江のやさしさを、大事にしたかった。

そうしたら高江はほっと息をついて、つかんでいた俺の手を放した。

ふわって笑った顔がしすごく綺麗で、俺は嬉しかったし、満足だった。

心配してくれるこいつのために、もう樹には会わない。

そう決めてしまうことは少し残念だったけれど……高江が笑ってくれるなら、それも別にいいと思った。