ヴェイルの守護者
プロローグ
「極上の獲物だな」
そう言って彼は、ぺろり、と唇をなめた。
妖しいまでに整った造作が、にいっと笑みを刻む。
人というには美しすぎる存在を前に、タリアは体が震えるのを止められなかった。
魔物……!
眼前にいるこの男は、魔性の存在。それ以外の何者でもない。
逃げなければ……逃げ、なければ。
頭では分かっているのだが、体はまるで縫いとめられたように動かない。
漆黒の髪は腰に届くほどに長く、その肌は白磁のように白い……瞳は銀だ。
銀色の瞳は、魔性の証。
その瞳に魅了されてはいけないと、分かってはいるのだけれど……。
「来い」
片手を差し伸べて、男は婉然と微笑んで見せる。
それは誘惑──いけないと思いつつもタリアは逆らえなかった。足が勝手に向かうのだ、男へと。
異形の美しさに捕らわれても仕方がないのだと……それは自らの命の終わりを意味するのだと、十分に承知していた彼女だったけれど、それでも抗うことは不可能だったのだ。
黒衣に身を包んだ男の、その片手に自らの手を乗せながら、ふと思う。
この魔性の男がこんなにも美しくなければ……下等な悪魔族程度の輩ならば、自分は歩み寄りはしなかったものを。
大声を上げて助けを求めて、きっと逃げ延びたであろうに。
この男はなぜ自分を選んだのだろう、とタリアは首をかしげた。
決して人目をひく容貌でもなく、さして頭が切れるわけでもなく、ただひたすら平凡を絵に描いたような存在である自分を、なぜ?
もしかしたら間違えられたのかもしれない、とは思った。
一枚の壁を隔てた壁の向こうで眠っているあの方と。
ならばそれでもいい。このまま身を任せてしまおう。もういまさらつかんだ手を振り切ることなどできはしない。
だから……先立つ不幸をお許しくださいましね。
ふわり、と一瞬微笑んで──タリアは男に完全に身を委ねたのである……。