Irreglar Mind
第8章 偽装愛 - 2 -
自分がとんでもない間違いを犯したことに気がついたのは、それから一週間後のことだった。
珍しくまともなデートらしく映画に行く約束をして待ち合わせていた場所に、これまた珍しく遅れてやってきた高江は、その日いつもと様子が違っていた。
ただならない様子を感じて彼を見上げた俺は、彼の中に明らかな怒りの色を見てとって動揺した。
どうしたっていうんだろう?
この時点でも俺は、自分がなにか悪いことをしたなんて、全然思ってなかったんだ。
なにも、やましいことはしてないと……。
その瞬間、高江が押し殺した低い声で言ったのだった。
「さっき樹から電話があった。お前……あいつに好きだって言ったのかっ?」
ぐいっと腕をつかまれて……俺はすくんだように動けなくて、ただ、高江を見ていた。
その時になってようやく、気づいたんだ。
1週間前のあのときのことは、高江に対する裏切り好意だったって。
俺は樹への想いを忘れるために力を貸して欲しいと高江に頼み、彼はそれを受けた。
俺の言葉を信じて、俺を助けるためにそうしたんだ。
なのに俺は、樹に言った。好きだって。
俺は、大馬鹿だ!高江の誠意を、裏切ったんだ。
言い訳の余地なんかなかった。
あの時俺は、好きだって言いたくて言ったんだから。
胸が押しつぶされるような思いでうなずいた瞬間、高江の言葉が降ってきた。
「なら、もう終わりだ。今後おれとお前は一切関係ない。いいなっ?」
その声はすごく冷たくて、突き刺すようだった。
傷つけた……!
くるりと背を向けた彼の腕をつかみ、俺は焦って言った。
「ごめんっ!」
これで終わりだと思いたくなかった。
どんなことをしてでも、引き止めたかった。
弁解でも、きっと話せば高江なら分かってくれる……そう、思ってた。
けれど────。
「謝ることはない。お前は自分に正直だっただけだ。しょせんおれたちの関係は偽物だったからな。樹は今フリーだぞ。せいぜいがんばってみるんだな」
高江は俺の手を振り払いながら冷ややかにそう告げて、足早に去って行った。
俺は呆然としながら、これが裏切りの代償なのだと、思った。
だけど、これは痛すぎる……今の俺には最高の痛手だ。
高江は言ったけれど……俺たちがつきあっていたのは、偽物の関係だと言ったけれど。
最初は、そうだったのだけれど。
偽装の関係が断たれた今、どうしてこれほど悲しいんだろう。
なぜこんなに胸が苦しいんだろう。
気が遠くなるような錯覚を覚えるほど、全身から力が抜けて行くみたいで……。
どうしてか、なんて……本当はずっと知っていた。
だけど知らないふりはまだ許されると……そう思っていたんだ。
まさか、こんな終わりを予想もしないで。
答えは、一つきりだ。
だけどその答えを認めることは、もう俺には許されないんだ……。