Irreglar Mind
第4章 大荒れの文化祭 - 2 -
俺と高江と樹は、その日の午前中いっぱいを模擬店巡りで費やした。
お好み焼き、焼きそば、ホットドッグ、フライドポテト、みたらし団子、フランクフルト、エトセトラエトセトラ。
樹は呆れるほどよく食べて、俺も思わずつられちまって、結果、財布の中身がすっからかん。
げっ、食べ過ぎだ……。
高江はそんな俺たちの様子を見ながらため息をついていたけれど、俺は知ってる、こいつだって同じくらい食べてたんだぜ。
かなりの量を胃に放りこんだってのに、涼しげな顔しやがってさ。
「おし、それじゃ次はたこ焼きだ。んでその後は大判焼きで……」
ちょっと待て、まだ食う気かっ?
俺、もう入らんぜぇ……。
思わずため息をついたら、樹はその瞳にすっごく嬉しそうな光を浮かべて、言ったんだ。
「文化祭で何が楽しいって、いろんなもんが食べられるってことだろ?せっかく来たんだぜ、思いっきり食べさせてくれよ」
笑った顔がすごく無邪気で、俺はドキッとし、それからそんな自分に焦った。
なにかやばいような気がして、なにがやばいんだかよくわからないなりに、そういう自分をごまかしながら、苦笑した。
樹は無邪気にそう言うけど、俺、金も胃袋も、もう余裕ないぜ。
「瑠希、連いて回るだけでいいからさ。高江とじゃ、つまんねーもん」
そう言われて、だから俺は仕方なく一緒についていった。
高江とじゃつまらんっていう樹の言い分は、わからんでもないしさ。
一緒についてくるのが嫌なわけじゃなさそうなんだけど、かといって、一緒にはしゃいでなんて、絶対くれないもんな、高江は。
とはいえ、だ。
ついていくだけ……って思ってても、そしていくら腹がいっぱいでも、人がうまそうに食ってんのを見てたら、食欲ってわいて来るんだよ。
んで、つい手が伸びて、樹が持ってるたこ焼きを一つ、かっさらったり、しちまうんだよな。
「お前、もういらないんじゃなかったのかよ?」
いっこくらい、ケチるなよっ。
そんなふうにじゃれあいみたいに午前中が過ぎ、昼になって、樹が今度は野外ステージを見に行きたいと言い出した。
野外ステージってのは、グランドに設置されてて、軽音部の人たちが終日ライヴをやってるんだ。
俺はああいう、なんてーか、ガチャガチャした音楽はいまいち好きじゃなくて、あまり行きたくはなかったんだけどさ、樹がそう言うから一緒に行った。
高江はどうも俺が樹に惚れないように監視してるみたいで、ついてきた。ご苦労なことだ。
ところが、グランドに着いたはいいけれど、そこで俺はめまいを感じてふらつき、瞬間、高江が手を伸ばして支えてくれて、転倒するのはなんとか免れたんだ。
なんだ……?
食べ過ぎか?それともライヴの熱気にあてられたのかな……。
「どうした?気分悪いのか?」
樹がびっくりしたように目を丸くして言って、俺は自分の顔が蒼白になるのを感じつつ、大丈夫だと答えた。
けれどその声はひどくかすれていて、俺は自分でもびっくりし、そんな俺を高江は軽々と抱き上げて校舎内へ戻ったんだ。
わっ、降ろせよ、ばかやろうっ!
恥ずかしくてもがいたけど高江は放してくれず、心配そうな顔で追いかけてくる樹を視界に見とめて、俺はどきりとした。
彼に、こんなみっともない姿を見せたくなかったんだ。
高江は保健室へ行くと、先生の許可も取らずに俺をベッドにどさっと降ろし、上着を脱ぐように言った。
俺は目をむいて抵抗したけど、高江は冷ややかに俺を見、押さえつけると、俺が着ていたブルゾンとトレーナーを一気に脱がせたんだ。
何すんだよっ!!!
幸い、っていうか、なんていうか、俺は下に半そでのTシャツを着ていたわけで、高江もそれまで脱がせようって気はないみたいだったけど。
だけどなぁ、俺だって一応女だ、こんなことされたら自然と悲鳴の一つや二つや三つや四つ、口をついて出ちまうもんなんだよ。で、俺は無意識のうちに、
「きゃあぁぁぁっ!」
……なんていう、こっぱずかしい声を、上げていたりしたんだな。
保健の先生がとんできて、高江を見、彼は冷たい微笑を浮かべて冷静に言った。
「貧血気味の患者です。薄着にして寝かせようとしたら、こいつがちょっと抵抗したので……」
そうしたら先生は納得したようにうなずいて、あっさりどっかに去って行った。
高江、お前って信用あるんだなぁ……。
俺は思わず感心して高江を見上げ、だけど奴は皮肉な笑顔で言ったのだった。
「未来の医者の言うことはおとなしく聞いておけ。頼まれても襲ったりしないから、安心してろ」
喜んでいいんだか悲しむべきなんだか、ちょっぴり複雑な気分の俺。
いや……悲しむ理由はないんだよな、喜んでいいんだ。……そう、だよな?
なにかちょっと混乱しつつ、高江の言葉に感心したりもして。
未来の医者……そっか。へぇ。
具体的な感情がわいたわけじゃないんだけど、なんとなく、へぇ、って。そう思った。
「脱がせたのは汗をかいたときのためだ。ちょっとおとなしくしてろ」
言いながら高江は俺の額をとんと軽く押して横にならせ、布団をかけてくれた。
で、何やらぶつぶつ言いながら、隣りの小部屋に入っていって、その場には俺と樹が残されたんだ。
俺、気が動転してて忘れてたけど、樹ってずっといたんだよな。
でもって、一部始終を見てたわけだよな。
……ってことはぁ、俺がとんでもない声で叫んじまったのも、当然聞いた……んだよ、なぁ……。
あーっ、なんか、すっごい恥ずかしい、恥ずかしいぞっ。
俺は顔が真っ赤になるのを感じて、慌てて布団を頭まで引きずり上げた。
だけどそうすると足が布団から出ちまうんだよな、これって落ち着かない。
それで今度は足を折り曲げて、布団の中で丸まった。
うん、これならいい。
ちょっと息をついた瞬間、だった。樹が布団を少しめくって、俺の顔をのぞきこんだのだった。
「瑠希、貧血?」
俺はぎょっとして目をむき、でもって口をぱくぱくさせた。
顔にかっと血がのぼって、どうしようもなかった。
だって、だってだって、あるんだぜ、樹の顔が、至近距離にっ!
高江とはまた違う、生気にあふれたキレイな顔が、息がかかるくらい近くにあるんだよぉっ!
「え、でもお前、顔赤いよな。熱あるんじゃないか?」
わっ、触れるな、ますます頭に血がのぼるっ。
その瞬間、戻って来た高江が樹の襟を後ろからつかみ、ずるずると引きずって彼を保健室の外へぽいっと放り出した。
ほっ、助かった。
あのままだったら俺、ドキドキしすぎてパニックになるとこだったもん……。
樹を追い出すときの高江の仕打ちはちょっとどうかと思うけどさ。
布団の陰ではぁっと息をつく俺のもとにつかつかと近づいた高江は、ちょっと怒ったようなまなざしを向けながら俺のあごをつかんで持ち上げ、口の中に白い錠剤を二つ、放り込んだ。
「胃薬だ、飲め」
げっ、水なしで?
俺は口をとがらせたけど、高江の射すくめるような視線に迫力負けして、しかたなく飲んだ、ごくんと。
苦いかと思ったけど、別にそうでもなくて、ちょっと、ほっ。
その時ずいっと目の前にグラスが差し出されて、見れば、水がたっぷり。
なんで今ごろ出すかな。
俺は首をかしげながら、もういらない、と言った。
もう飲んじまったもん。
「薬は水で流し込むのが常識だ。でないと食道にひっかかって、効果が出ない」
だったら最初からくれればいーじゃん……。
「機嫌が悪いと、たとえ病人が相手でもいじめたくなるんだ」
あ、ひでぇ……ってか、俺、なんかやったっけ?
珍しくぼそっとした口調でそう言った高江に俺は首をひねり、直後、思い当たった。
やってる、俺やってるよ、おもいっきり。
さっき高江が薬もって戻って来たとき、俺、真っ赤な顔して樹の至近距離にいたもんな。いや、近づけてきたのはあっちだけどさ……。
でも、あれって高江にしてみたら、怒って当然だよな。
あの距離にあの反応、まるで俺が樹を好きだっていうみたいな……。
そこまで考えて、俺はぞくっとした。
どきっとじゃない。ぞくっとしたんだ。
樹が、好き?
体がすうっと冷えちまうような気がした。
だって、ありえない。俺は樹と友達になるって決めたんだ。
なのに……好き?
違う。違う、そうじゃない。そうじゃ、ない……。
俺は必死に否定しようと試みた。でも、樹の顔を近くで見て、俺の額にその手が触れて、そのせいで死にそうなくらいドキドキしたのは、事実だった。
顔が赤くならないようになんとか努力しようとしたけれど、必死に冷静になろうとしたけれど、だめだった。
……それって、好きってことなのか?
自分の気持ちがわからなくて、俺は布団の中でちょっと震えてしまった。
怖かった……樹に、惚れたかもしれないってことが、すごく。
「どうした?」
俺の様子に気づいて、高江が俺の顔をのぞきこんだ。さっきの樹と同じように。
だけど俺はドキドキするどころか、かえってほっとしたくらいだった。
俺の中で高江と樹の存在が違うものに変わってることに、俺はそのとき気づいたんだ。
二人ともいい奴だって思ってた。いい友達になれるって……そうなりたいって。
二人は同じ位置に、いたんだ。
だけど今は違う……高江と樹は、違う。
「高江、瑠希の様子は……」
保健室の外につまみ出された樹が、業を煮やして戻って来た瞬間。
俺は苦しくなるくらいに胸が痛くなるのを感じて、思わずうめいた。
「瑠希っ?」
樹の声がちょっと慌てて俺を呼び、高江が俺の肩をつかむ。
「なん、でも……ない……っ!」
俺はそのとき、自分の気持ちを自覚したんだ。