Irreglar Mind
第3章 男と女の間に友情は成立するか - 1 -
樹とはもう会わない。
そう、思ってたんだよ、本当に。
ところが、ところがぁっ!
会っちまったんだよなぁ、これが……。
高江と約束した次の日の帰り、だった。
要するに樹と初めて会った日から二日後だ。
うちの高校って私服だから、俺はジーンズとパーカーってラフな格好で、いつものように彰子とバスに乗った。
したら。
「あれぇ、瑠希じゃないか?偶然だな、同じバスだなんて」
耳に飛び込んできたその声に、思わずタラップの途中で硬直したね。
な、なんでいるんだよ……?
そんなの樹の勝手だってわかってるんだけどさ、思わずそう思ったね。
だってやばいぜ、これって……。高江と約束したのに。
俺はとっさにバスを降りかけ、そんな俺の目の前で昇降口はぷしゅーっという音をたてながら閉まったのだった、くっそ。
動き出したバスの中を、俺はぐるりと見回した。
樹はこの間のように一番後ろのシートに、友達らしい男と座っていて、こっちを見て手を振っている。
「空いてるぜ、ここ」
がらがらってわけじゃないけどそこそこに空いているバスの中、最後部座席は男二人が占拠してはいるものの、まだ余裕はあって。
俺と彰子なら、楽に座れるのは見てわかる。
わかるけど……けど、でも、そうは言ったって!
俺は約束したんだ、もう会わないって。
樹のことは嫌いじゃないし、嬉しいか嬉しくないかで言えば、はっきり言って嬉しいけど。
でも、もう会っちまってるんだ。不可抗力とはいえ。
だったらここは、これ以上新密度を上げない努力を、すべきじゃないか?でないと、高江との約束を、故意に破ったってことにならないか?
ここで隣りなんぞに座って仲良く話に花を咲かせてみろ、それって立派に約束違反だよな?
それって嫌だ、そんなことしたら高江の顔が見れないよ。昨日の今日だぜ、あいつと約束して。
それで俺は彰子を引っ張って、別の席に行こうとした。できるだけ前の方に。
それなのに、ああ、それなのにぃっ!
彰子はちょっとはにかんだように笑うと、とととっとそこに近づいていって、すとんと座ったんだ。樹の隣りにいる男の横に。ちょこんと。
「しょ、彰子っ?」
普段はおとなしい彼女の、その珍しくも大胆な行動に度肝を抜かれて、思わず声をあげた瞬間。
「瑠希ちゃん、美波さん」
隣りのやつを紹介する彰子の言葉が、小さく聞こえた。
何っ?
俺はびっくりして、そいつの顔をまじまじ見たよ。
美波だと?
見覚えがあるようなないような……多分すっかり忘れているっぽい気がひしひしするけど。
同級だった美波のほうはまだ覚えてるけど……あんまり似てる気は、しないな。
精悍な顔立ちの人で、よく整っていて、いかにもスポーツマンって感じに日に焼けていた。
……なんだか、この二人って、美男美女のカップルだな……。
なんて、並んだ二人を見て、しみじみ思ってしまったり。
でも、ちょっと待てよ。
美波の兄貴ってたしか、俺たちより一つ年上のはず。その人と一緒にいるってことは……。
「樹、お前って今いくつ?」
気づいたら、話しかけちゃってた。
樹は俺に座るようにって仕草をしながら答えた。
「十七。お前よか、いっこ上」
へぇ、年上かぁ……。
俺は座りながら、なんだか不思議な感じだった。
こいつ、年上のくせに高江に心配されてやんの。
そう思って、はっとした。
げっ、俺、座ってるしゃべってる、どうしようっ!
しかも俺が座ってんのって、樹の隣りの窓側。
だって彰子は美波の兄貴とくっついてたいだろうし、それの邪魔をしちゃ悪いと思って。
とはいえ、これって……約束違反、だよな。立派に、完全に。
ど、どうか高江に見つかりませんように!
俺はそう祈りつつ、早くバスが止まればいいと思ってた。
そんな俺に、樹が思い出したように言ったんだ。
「そういえばお前、高江に会った?」
その口から高江の名前が出てきて、俺はどきっ。
くっそ、ばかやろう、心臓に悪いんだよ、今その名前はっ!
心の中で理不尽な言いがかりをぶつけながら、俺は平静を装った。
「会った。昨日、お前に聞いたからって教室まで乗り込んできて、帰りにラーメンおごらされた」
そうなんだよ、昼休みは結局学食は取りやめになって、でもって、忘れてくれないかな、なんて俺がひそかに都合よく期待してたら、帰りに近くのラーメン屋に引きずってかれて、おごらされた。
だよな、甘いよな、そんな期待はな…………。
「……あいつ、ラーメンなんか食うのか……」
なんか、樹がびっくりしたように、そう言った。
わかる気はする。俺も意外だったもん。なんか、ラーメン屋なんか似合わない雰囲気あるんだよな、高江って。
高級レストランとか、そういうのが合いそうな。
でも案外、ラーメンすする姿も似合ってたんだけどさ。
だけど、樹も知らなかったなんて、なんとなく優越感。なんでだか知らないけど。
「よく行くって言ってたぜ。お前、一緒に行ったりしないの?」
年上だって聞いても、お前って呼ぶことに抵抗がなかったりするのは……やっぱり、出会いがアレだからかな。オカマ。
「ないなぁ、そういえば。あいつのリクエストって、てっきりフランス料理とかそういうのだと思った」
あ、似たようなこと考えてら。
「なんだぁ。俺、あんまり変なものおごらされるのが嫌で瑠希に押し付けたのに、なんか損したなぁ」
なんと、そんなせこいことを考えてたのか。
思う存分悔しがれ。ざまーみろだ、わはははは。
俺は悔しがる樹が面白くて思わず笑ってしまい、ぎろっと睨まれた。
でも怖くないもんね、残念でした。
そのとき、樹が言ったんだ。
「なぁ、あの子、美波の彼女だろ?なんでお前と一緒だったんだよ」
は?
俺はなにを言ってるんだろうときょとんとした。
「いつも一緒に帰ってるからだけど?」
そんなの、別に不思議に思うことじゃないと思うけどな。
だけど彼はまだ納得しかねる様子で彰子のほうを見、声を低めて俺に尋ねた。
「……お前、彼女に惚れてるのか?」
はあぁ?
なに寝ぼけたこと言ってんだよ。
俺は思わず目をむいて樹をまじまじと見つめた。
俺が彰子に惚れてる?やめろよ、気色の悪い。なんでそういう発想がすらっと出てくるかな……。
そう思って。そこで気づいた。
そうか。そうだ。忘れてたよ。樹って……俺のこと、男だと思ってるんだ。
そういえば、言ってない。なんだ、そうか。
思わずほっとして、笑ってしまった。
それが気にいらなかったのか、樹はちょっと声を尖らせて、
「笑い事じゃねーだろ、美波だってきっと思ってる」
さぁ、どうだろうな。美波の兄貴、俺が女だって多分知ってるはずだけど。
俺はにやにや笑っていて、樹は憮然としてそっぽを向いた。
その仕草がちょっと子供っぽくて、かわいかった。
「別に男と女が友達だって、おかしくないだろ」
横を向いた彼にそう言ったら、きっぱりした否定が戻って来た。
「おかしい。俺は、男と女の間に友情は成り立たないと思うね」
そっちの方がおかしいぜ。
樹の言う通りだとしたら、世の中の人々みんな、異性の友人がいないことになる。
そんなことってないだろ。
だけど樹は言うんだ、断固として。
「それは表面だけの付き合いだからだ。友情を深めていって、いろんな相談をしたり、二人で会ったりするようになったら、それは恋だ。異性同士の親友なんて、だからありえない。会ってるうちにお互いが意識するようになって、特別視するようになる。そうしたらもう、友情じゃない」
そうかなぁ……。
だけど俺、樹や高江とだったら、友達になれる気がするぜ?
樹の考えには、ちょっと賛成できないな。
俺が考え込んでいると、樹はすっぱりと言いきった。
「わからないのは、お前が本当の恋を知らないからだ」
なにおっ?
そーいうお前はどうなんだよ、と言いかけて、思い出した。
そういえばこいつ、彼女いるって言ってたっけな、高江が……。
そこで、また思い出した。
だからぁ、俺、樹としゃべっちゃだめなんだって、約束なんだから。
どうしよう、なんかさっきからこればっかりだよな。
気にしてはいるんだけど、樹と話すのって、気をつかわなくていいから楽で自然で、楽しいんだ。
今日のことは高江には黙っておこう、きっと今度こそもう会うことはないだろうから……って、そう思ったときだった。
狙い済ましたようなタイミングで、席を立った樹が。
「それじゃ、また今度な」
はへ?「また今度」?
今度ってなんですか、おにーさん……と、目を丸くしているうちに、樹はさっさとバスを降りて行ってしまった。
疑問だけが残ったぞ。むー。
俺、どっかで会う約束なんかしたっけ?それって大問題だと思うんですが。
てか、全然覚えにありませんが。
悩む俺に、彰子が言った。
「今度、文化祭に来てくれるんだって」
にこにこにこにこ。
とっても幸せそうな顔をしてるね、彰子。
でも俺はとっても笑えない。
文化祭だとぉ……?
西園寺の文化祭は、明後日の金曜から三日間。
土曜の午後と日曜は、外部の人間も入ってくる。そのときに来るってこと……か?
おいおいおい、勘弁してくれよぉ……。