Irreglar Mind
第1章 最低最悪のオカマ野郎 - 4 -
少し離れたところで公園を見つけて、俺たちはそこに入った。
「ちょっと待ってろ」
樹はベンチを指差してそう言うと、どこかへ走っていったけど、まもなくコーラの缶を二つ持って戻って来た。ひとつを差し出されて、俺はちょっと笑って受け取った。
その瞬間、確かに樹はにやりと笑い、俺は首を傾げつつプルトップを持ち上げた。
……なんだよ?
瞬間、コーラが吹き出して俺の顔を直撃、俺はむせ返ってすごく苦しかった。
やりやがったな、この野郎っ!
睨み付けると樹は腹を抱えて大笑いしていて、俺は咳き込みながらもまた笑っちまった。
女のかっこした図体のでかい男が、化粧して口紅ぬった口を大きく開けて、はしたなく笑ってんだもん。
美少女が台無しだぜぇ……。
そう思って、それではっと気がついた。
「お前、コンテストは?」
確か、女装コンテストに出るとかって言ってなかったっけ。
さっきの時点ですでに、間に合わないって言ってた気もするけど。
なんだか、悪いことしちゃったような、ほっとしたような、変な気分だ。
「しょうがない、潔く負けよう」
ため息混じりに樹がそう言って、俺はなんのことかわからずにきょとんとした。それに説明してくれるには、
「コンテストで優勝しなかったらおごってもらう約束を、友達としたんだ。だからこんなかっこしてたんだよ。でも……どーせ間に合わないし、俺の負けだな」
なんだ、女装癖があるわけじゃなかったのかぁ……。
それにしても変な奴らだよな、たかが飯のおごりあいに、なんで女装コンテストなんか引っ張りだしてくるんだぁ?
理解できなくて首をひねったら、樹はびっくりしたように俺を見て、でもって言ったんだ。
「お前、友達とやんないの?変だぜ、それって……」
ばかやろう、変なのはお前のほうだっ!
その言い方って、まるで全国の高校生男子が暇を見つけては女装してるって言ってるみたいじゃないか、まっとうな人たちに失礼だ、謝れっ!
思わず目をむいて叫んだ俺に、樹はまたもや笑いを爆発させて、言った。
「誰が女装のことを言ったよ。俺が聞いたのは、賭けをやらないのか、ってことだ」
なんだ……それならそうと、ちゃんと言えよ。まぎらわしいな。
俺はほっとして、それならある、と答えた。
賭けくらいなら、……多分男なら、やってる。今はクラス中で浮いてて、男子なんて俺と視線が合うのすら、嫌がってるから、無理だけど。
俺みたいな奴って、なに考えてるかわかんなくて、気持ち悪いんだろうな。
ま、そんなの今は関係ないんだけど。
「お前、名前は?」
尋ねられて、俺は自分がまだ名乗ってないことに気づいた。
そっか、向こうが名乗ったときはパニックしてて、それどころじゃなかったもんな。
その後もそんな余裕なかったし。
そこで、改めてちゃんと名乗ることにした。
「俺は、白山瑠希。西園寺高校の一年だ」
樹は、俺の言葉を最後まで聞いてなかった。
俺が、瑠希って名乗った瞬間、飲んでたコーラを吹き出し、ついでにむせるというなんとも器用なことをして見せて、でもってまたもや大笑い。
笑うな、失礼だぞ!
いくら変わってる名前だからって、その反応はないだろ。
「ル……ルキ……ッ!?」
ひぃひぃ言いながら、樹は俺の名前を口にした。して、また笑い転げる。
だから、笑うなというのにっ!
「かわいい、名前っ……!」
……かわいい、だぁ?
こめかみの血管を浮かせて、俺は樹を睨み付けた。
また殴られたいか、この男……。
したら樹は一瞬真顔になって、
「すごく似合ってるじゃん」
言うなりまたまた大爆笑。
笑うなら言うなよ、一回殴らせろ!
まったく、今の似合うってどういう意味だろ。……変わってるって意味なんだろうな、俺も名前と一緒でさ。
くっそ、腹立つなぁ。
もし今俺が、脳の血管ぶちきれて死んだら、それって絶対こいつのせいだぜ。
「まるで女みたいな名前だな」
言われてちょっとどきっとした。
なんでだか、こいつには女だってこと、知られたくなかったんだ。
どうせ、もう会う事もないだろうし、男だって思わせておきたかった。そのほうが気分的にすっきりすると思ったから。
だって俺が女だって知ったら、こいつまた笑うもん。これ以上笑われんのって、嫌だ。
でも、女なのは事実で……嘘は、つきたくなくて。
だから、言った。
「女に見えるか?」
すると樹はすごく納得したように答えたのだった。
「だよな。聞いた俺が馬鹿だった」
……その目は節穴かよ?
なにかすごく複雑な気分で、俺は笑うしかなかった。ここまであっさり信じられるって、どうよ?
自分で選んだ道だとはいえ、なんだかさ。
「お前、西園寺の一年って言ったっけ?それじゃ、高江って知ってる?」
高江……?
俺が首を横に振ると、樹はちょっとがっかりしたような顔をした。
「何、そいつ。お前の彼女?」
さんざん笑われたお返しに、ちょっとからかってみたくなって、俺は言ってみた。
そしたら樹は苦笑して、
「あほ。高江は男だ」
なんだ、男かよ……。そうならそうと、先に言えよ。ま、勝手に解釈したのは俺だけど。
「それってどういう奴なの?知り合い?」
尋ねたら、ちょっと笑ってうなずいた。
「中学が一緒でね。ちょっといないぜ、あんな奴。顔はいいわ、頭はきれるわ、運動はできるわ、まるで天才」
天才?
それを聞いて、俺ははっと思い出した。
俺、知ってる、そいつのこと。確か、隣のクラスの……。
「高江弓也……?」
確か、いた。そう、今樹が言ってたみたいに、天才だってみんなが騒いでた。
俺は興味なかったから、実は顔も知らないんだけどさ、とにかくうちの学校じゃ有名人らしい。
だって俺ですら、天才って聞けば思い出せるんだもん。
「ああ、そいつ。そいつが俺の賭けの相手」
げっ。天才も賭けなんてやんのか……。
なんの根拠もなく、そんなことを思って。
……それにしても、それでなんで女装コンテストなんだ?天才とやらの考えることはさっぱりわけがわからん。
「でさ、ルキくんとやら」
からかう調子で樹が呼んで。
むっ、こいつ、俺が嫌がるのわかってて、わざと名前で呼んでやがんな?
悔しいから、俺も言ってやった。
「なんだい、オカマくん」
瞬間、樹が手を伸ばして俺の頭をどついた、思いっきり。
なんで俺が殴られんだよ、ふっかけたのはそっちだろ!
「俺はオカマじゃないっ!」
信用できるか、そんな、スカートはいて、いつまでもかつら片手にコーラにまみれてる男なんて。
「お前もコーラまみれだろうっ」
誰のせいでなったと思ってんだっ!
俺は怒鳴り返そうとして口を開き、その瞬間、自分たちの会話がすごく低次元なのに気づいて、やめた。
くっそ、なんで高校生にもなって、オカマだコーラだってので口げんかになるんだよ。
ため息をついて樹を見ると、彼も同じことを考えていたらしく、その目に浮かぶ光をふっと和らげて、俺を見た。
「ごめん、からかって。だけど、瑠希って、いい名前だと思うぜ」
……ほんとは、俺もそう思ってんだよ。なんか、国籍まちがってるかもとかたまに思うけどさ。
「サンキュ。俺も、オカマなんて言って、ごめん」
俺も樹に謝って、俺たちはなんとなく握手をかわした。がっちりと、かたいやつを。
いい奴だなって、思った。もしまた会えるとしたら……きっといい男友達になると思った。
思った、のにぃっ!
「で、俺が負けたのは、瑠希、お前のせいなんだから、お前が高江におごれよな」
ちょ、ちょっと待て。
「お前、さっき負けを認める、とか言ってなかったか?」
言ったぞ、絶対言った、確かに言ってたっ!
けど、彼は平然として言いやがったんだ。
「言ったよ。だけど俺は、おごるとは言ってない。確かに賭けに負けたのは俺だが、考えてみろ、それって誰のせいだ?」
そ、それってひどくないか?そもそもの原因は、やたらキレイな顔で女装したままバスに乗ったほうにあるんじゃ……。
「勝手に誤解して、勝手に殴ったのは誰だ?」
…………くっ、くそっ、てめーはやっぱり、最低最悪のオカマ野郎だっ!