あの日見た夢の続きを
約束 (in 750)6
フィンの青ざめた顔の理由を、キュアンは転がっている蛇の骸から察したようだった。
「お前がやったのか?」
含まれている驚きの響きには気づかず、フィンは首をあいまいに動かす。
うなずいているのでもなく、否定するのでもなく。
「多分……」
答えもまたあやふやなもの。
子猫を抱きしめたまま、いまだ全身を緊張させている少年へ、キュアンは近づき、そっと手をのばした。
一瞬のためらい。
だが思いきって頬に触れた。温かくやわらかな感触。
「よくやったな」
その言葉にフィンは目を瞠る。
半ば呆然という形容が似合いそうな程のその驚き方に、キュアンの方が当惑した。
「どうした?」
そう尋ねて気づく。
驚きではなかった。少年が感じているのは怖れだった。怯えているのだ。
────何に?
主人を怖れる奴隷の子供たちを同じ目を……今、フィンはしている。
そう思い、どきりとした。
……では。
フィンが怖れているのは、自分なのか……。
理由ならすぐに思いついた。
フィンが城へ上がった日。あの日、冷たい言葉を投げたまま、彼を放り出した。
放り出した……そうだ。理由はどうあれ、自分は彼から離れていた。
こんな年端もいかぬ子供を。
誰一人知る者とていない別世界に、たった独りにした……。
それはどう言い訳しようと変わらぬ事実だ。立場上常に側にいてやるわけにはいかずとも、城を留守にすることがいかに多くとも……今はなおのことそれが重なる時期だとしても。
手なら、いくらでも打てたはずなのだから。
「この間は、悪かった」
そう言ったキュアンの声は少年に届いたろうか。
彼はどこかうつろにすら見えるまなざしをむけ、つぶやいた。
「どうして……」
瞳に、声に宿る怯えの色。
「どうしてあなたは僕をほめるんです?」
キュアンの予想とは全然違うことを少年は言った。
え?
当惑する彼に向かい、少年は続ける。
「どうしてほめたりなんかするんですか!僕は今、生き物を殺したのに……自分でもよくわからないうちに、それでも殺してしまったのに!」
悲痛なほどのその訴えに、キュアンはたじろいだ。
フィンは泣きそうな顔で蛇の骸を見つめている。
「……守りたかったからだろう?」
どう言ってやれば気がすむのだろう。
少年の求める言葉がなんなのか、キュアンにはわからない。
「その猫を。ミルフィを助けるためにしたことだ。何を悔やむ?」
困惑ぎみにそう尋ねた彼の言葉にフィンは訝しげに首を振った。
「悔やむ……?そんなことは……」
「ないのなら、何を嘆く?お前は守りたいものをちゃんと守ったじゃないか。ほめてなぜ悪い?」
一瞬フィンは沈黙した。
かすかに唇が震えている。
ややあって彼は消えるような声で告げた。
「……だってそれなら、あなたが正しいことになる」
今度はキュアンが瞠目する番だった。
なに……?
「守るために戦うとあなたは言った。だけどセノウは殺された。僕は彼が大切だった。なのに彼は戦争で死んで……あなたは僕に戦えと言う。セノウを殺した戦争を僕がしたら、僕がセノウを殺したことになる!守るために?守るものなんか……!」
フィンの大きな瞳に涙が盛りあがる。
呆然とそれを見ながら、キュアンは必死で頭の中を整理しようと努力した。
セノウ?
はて、それは誰だったか。
心当たりはないが、フィンにとって大事な人であるらしいことは聞かずともわかった。
そして戦いの為に命を散らしたことも。
「……フィン」
言葉が見つからずに名前を呼んだ。
目の前にいるのは傷ついた子供。
その傷を癒す術を知らずに、ただうずくまるしかない、哀れな子供。
その姿を目にしながらずっと気づかなかったというのか。
「フィン……すまない」
何を謝っているのかは自分でもよくわからなかった。
彼の負った傷に気づかなかったことか、それとも隊に入れと誘ったことか。
もっと他のなにかかもしれない。
うつむいた少年がかすかに首を横に振った。
「────違うんです」
肩がかすかに震える。
「そうじゃない……僕は」
いきなり少年はきびすを返した。そのまま走り出す。
「フィンっ!?」
呼びかけに振り返ることはなかった。
また何か気に障ることを言ったのだろうか。
なにやら途方に暮れるしかない、キュアンであった。
────あなたは、守るために戦うと言った。
だけど今の僕には守りたいものなんてない。
そんなもの全部失って……捨てて、ここに来た。
だから────。
だから、戦えないんだ。
槍を取り、馬を走らせ、敵を討つ。
あの人と同じ戦場で。
そんなこと、できるもんか……。