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あの日見た夢の続きを

約束 (in 750)5

城での生活は、思っていたほど退屈ではなかった。

読む本は山ほどあったし、城の庭にはいろんな鳥や動物がいて、フィンが木陰で休んでいたりすると人懐こく近寄ってくる。

それらの相手をしているうちに日が暮れ、部屋に戻って汗を流し夕食を取ると就寝。

毎日がその繰り返し。

ほかに変化はなかったし、必要だとも思わなかった。

喜びも悲しみも、他に分かち合うものなんていなかったけれど────別にどうということはない。

一人だからといって寂しくなんか、ないのだ。

自分をここに連れて来たキュアンという王子は、あれ以来姿を見せない。

フィンがここに来てそろそろ二週間が経とうとしているが、その間関わりを持った人間といえば、毎日食事を持ってきてくれるリュネという少女くらいのものだった。

リュネはフィンより三つ年上の、赤毛の少女である。人見知りする性質らしく、いつもおどおどしているが、最近ちょっとましになってきたようだ。

たまに、規定の食事以外に菓子をつけて持ってきてくれたりする。

来て最初の三日くらいは訪問客が後を絶たなかった。皆祖父の知り合いのようで、形ばかりのお悔やみを述べに来たのだ。

しかし彼らのうちの誰一人として、再びこの部屋の扉を叩いたものはいない。

「にー」

耳元で聞こえた鳴き声に、フィンは顔の横へ手をやった。ふわふわした、あたたかな感触がもぞっと動く。

「……お前がいてくれるから、いいよ」

今フィンはお気に入りの場所で大の字に寝転がっていた。

城の敷地から出てはいないが、城からの距離は結構ある。その距離をのんびり歩いてやってきて、またのんびり歩いて帰るのだ。

人気のない場所。

ほとんど誰も来ないせいか、綺麗にそろえられた城の庭木の中で、このあたりだけが放り置かれている。

森、とまではいかないが、そこそこに茂った林もどき。

木々が自分の姿を隠してくれる気がして、気分が安らぐのだ。

顔の横の毛玉がもぞりと動いて、耳たぶにざらりとした感覚が走った。

「……痛いよ、ミルフィ」

苦笑してフィンは起きあがる。白い子猫を抱き上げ、くしゃくしゃと撫でた。

ミルフィは目を細めている。

子猫の舌で舐められるのは、結構痛いものである。だがその痛みが、フィンには嬉しかった。

自分ではない誰かから加えられる痛み。

誰かに関心を示されている証。

たとえそれが、言葉も通じぬ子猫からのものだったとしても────。

「城にはきっと楽しいことが待ってるんだろうな。おいしいものもいっぱいあるんだろうさ。……勝手に行っちまえっ!」

────セノウ。

楽しいことなんて、なんにもないよ。

ここは僕のいる場所じゃないんだから。

好きなことをできる。誰にも咎められず。

欲しいものは手に入る。望みさえすれば。

……そこに、心はないけれど。

────いつまで。

いつまで続ければいい?

いつまで耐えたら、許してくれますか、お祖父さま?

ぱたた。

気づかぬうちに涙がこぼれていた。

なぜ僕はここにいるんだろう。

なんのために?

いつかは帰る。あの館へ。

けれどそれは、永遠とも思えるほど遠い、遠い未来のことだった。

そしてそのとき、そこに待つ人はいない。

考えると気が遠くなりそうになる。だから考えまいとしているのだけれど。

どうしても埋まりきらない心の空白に、ぽっかりとその思いは浮いているのだ。

泣いちゃ、駄目だ……。

フィンは必死に自分に言い聞かせた。

泣いちゃ駄目だ。

慰めてくれる人なんて、いないのだから。

誰もいない場所。

誰も見ていない場所。

それでも────。

強く、ならなくちゃ。一人でも平気なように。

寂しさなんて、忘れてしまえ……。

片手で顔を覆い、フィンは必死に涙をこらえる。

その耳に。

いつのまにか腕を抜け出し、あたりをひょこひょこしていたミルフィの、小さなうなり声が聞こえた。

「ミルフィ?」

小さな体の全身の毛を逆立て、姿勢を低くして何かに対し構えている。

その前方で、がさりと何かが動いた────葉陰から首をもたげ、姿を現す。

蛇────!

派手な模様だが地味な色のその蛇が、強烈な毒をもって獲物を死に至らしめることをフィンは知っていた。

温暖な地域によく生息している種類だ。

「ミルフィ、こっちにおいで!」

両者の距離はわずか三十センチばかり。

十分に襲いかかれる間合いで、蛇は子猫を威嚇している。

「ミルフィっ!」

呼び声よりも強く、耳に大きく響く音。

シャーッ!

蛇の首が動いた。

ミルフィ────!

……咄嗟に自分が何をしたかはよく覚えていない。

ただ気づけば蛇は亡骸となってそばに転がり、腕の中にはいまだ毛を逆立て爪をたてている子猫がいた。

蛇の頭に刺さっている短刀はまぎれもなく自分のものだ。

護身用に常に懐に入れていた……まさか本当に抜くことがあろうとは思いもしなかったけれど。

子猫のぬくもりに、重みに体が慣れるにつれ、安堵と共に一つの言葉がフィンの脳裏を走った。

────お前は、頭の中で夢を描いていればいい。

キュアンの最後の言葉が、小さな針のようなものになって胸のどこかを刺している。

ちりちりとした痛みが何かを訴えていたが……何を、かはわからなかった。

あの時以来ずっと引っかかっていた痛み。けれど気づかないふりをした。

だが、今このとき、それは無視できないほど明確にフィンの心を刺す。

……あなたは、守るために戦うと言った。

今、自分はミルフィを守るため蛇を殺した。

キュアンの言葉を否定した、この自分が。

守り、たいものの為────。

「誰かいるのか?」

突然背後からかけられた声にフィンは驚いて振り返った。心臓が飛び跳ねる。

「……キュアン様……」

劇的とも言えるタイミングで、彼はそこにいた。