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微笑みの行方

「あの娘、かわいいよなぁ」

柄にもなくぼうっとしたようにアレクが言うので、アーダンは驚いた。隣りに座るノイッシュと無言で顔を見合わせる。

なんだなんだ、らしくない。

いや、アレクの言葉自体は、別にいいのだ。もっとはっきり言うと、「いつも通り」だ。女の子と見れば、「かわいいね」「俺と遊ばない?」「今度ゆっくり食事でも」といった言葉がすらすら出てくる彼である。不思議なことはなにもない。だが。

このぼうっとした顔は、どうしたことなのか。

言い方は悪いが、とアーダンは内心で断りながら思う。アレクは軽佻浮薄という言葉がお似合いな言動の主だ。よく言えばいつもにこにこ当たり障りなく朗らかで、悪く言えばちゃらちゃらへらへら浮ついている。そして大の女好きだ。町に出かけた折などは、美人と見れば尻尾を振って近づいていくし、陣営内においても女性陣にさんざん軽く甘い言葉を投げている。それでも彼を嫌う人間がいないのは、その人徳のなせるところなのか。言動は軽いのに、そこに厭味がないから、笑ってかわせる。彼に粉をかけられた女性が嫌な顔をしないのは、多分そのせいだ。

いやいや、とアーダンはかぶりを振った。今の問題はそういうことではなくて。そう。そのアレクがぼうっと一人の少女を眺めていること。こんな彼は、見たことがない。

「あの娘って、シルヴィアか?」

アレクの視線の先を追って、ノイッシュが尋ねた。夜も更けようとしているこの時間、大抵のテントの灯りは消えて、夜の帳が静かに覆っている、そんな中で。

皆の休む場所から少し離れ、一心不乱に舞いを舞っている一人の少女がいる。彼女の名はシルヴィア。少し前に吟遊詩人の青年と共に軍に合流した。露出度の高い踊り子の衣装を纏った彼女が現れたとき、男性陣は色めきたったものだ。誰が彼女を落とすかと、そんな賭けがひそかに流行ったりもした。けれど。

「レヴィン様が好きなんだろ、あの子」

ぼそっと言ったアーダンに、アレクが目を向ける。はぁ、とため息。

「そうらしい。まぁ、一介の平民騎士と王子様じゃ勝ち目ないよなぁ」

似たところなんて少しもないし。とぼやいた彼に、いや軽そうなところと緑の髪は似ているぞ、と突っ込もうかと思ったが、やめておいた。そんな雰囲気ではない。

あれあれ。やっぱりアレクが変だぞ、とノイッシュとアーダンはまた顔を見合わせる。落ち込んでいる…ということは。

「なに、お前あの娘が好きなの?」

単刀直入にノイッシュが訊いた。俺にはできないことだな、とアーダンは軽く苦笑する。シアルフィにいた頃から思っていたが、この二人は仲がいい。時に置いてけぼりをくらったような気持ちになるが、遠慮会釈ない会話を交わす二人は見ていて気持ちがいいから、アーダンは二人のそばにいる。

アレクはしばらく考え込んだ後、小さな声で、多分、と言った。

「なんだよ、多分って」

尋ねたのはアーダン。こんな寒い夜でも稽古を忘れない踊り子をちらりと見やった。

「どんなに寒くても、踊るときはこの衣装なの。この衣装はあたしの、踊り子としての誇りなのよ。それに、きっちり踊っていれば暖まるから、寒さなんて全然気にならないもの」

いつだったか。今にも雪が降りそうな寒さの日にもやはり稽古していた彼女に、アーダンは尋ねたことがある。そんな薄物一枚で寒くないのか、と。もしよければ、と差し出した外套をやんわり押し戻し、彼女はそう言ったのだった。晴れやかな笑顔が、冬の晴れた空と同じで、アーダンはドキリとしたものだ。

けれども。彼女が一人で踊っているところを見るよりも、緑の髪の貴公子然とした青年と一緒のところを見るほうが多かったから、そんな気持ちは心の奥に閉じ込めた。冬の空のような笑顔は、大抵彼に向けられていた。緑の髪の青年が一国の王子であると知れたのは、もう少し後のこと。まだ最近の話。それまで番狂わせがあるかも、と続いていたシルヴィアを巡る賭けは、それで終了した。王子相手に誰が名乗りを上げられるものか。

「好きだっていう実感はないんだ。でも、気づくとあの娘のことを見てたり、探してたりしてさ。…これって、そうなのかな」

アレクの言葉に、ノイッシュとアーダンは黙り込んで、また顔を見合わせた。これで三度目だ。

シアルフィにいたときも、女好きで有名だった彼だ。流した浮き名は数知れず。まさかその彼が「これが恋なのか」だなんて悩む姿を見ることになるとは。

なんと言えばいいのかわからず黙ったアーダンと、やはり言葉に困って親友の肩をたたくに留まったノイッシュと。切ないため息をついたアレクの視線の先で、少女はくるくると踊り続けた。


やがて季節は変わり。場所も、変わって。シグルド率いる軍はシレジアにいる。

雪に閉ざされた氷の大地。進軍は困難で、陣営の空気は重くなりがちだったけれど、薄布を纏った舞姫は、皆の心を奮い立たせるように、今日も舞を踊る。

そんな彼女を見つめて、重いため息をつく青年一人。

「やめろよ、アレク。せっかくシルヴィアが元気づけてくれてるのに、お前のせいでまた気分が滅入っちまう」

熱いお茶を飲みながら、ノイッシュが抗議の声を上げた。まったくだ、とアーダンは頷く。けれどもアレクはそんな声など聞こえていない様子でまた、ため息をつくのだ。

「アーレークー」

恨みがましげな声を上げるノイッシュに、だってさ、とつぶやく。

「近くにこんないい男がいるのに、今度は神父のことが好きだ、なんて言うんだぜ?」

もう泣きたいよ、と彼は言った。泣きたいのはこっちだ、とアーダンは声に出さずにつぶやく。

アレクがシルヴィアが気になる、と言ってからずいぶんと経つ。その間に彼女の想い人は、緑の髪の王子から、金髪の神父へと変わっていた。足しげくその元へ通っては踊りをささげる彼女に、アレクはやきもきしっぱなしだ。別にそれはいいのだが、その鬱屈を友人に向けるものだから、ノイッシュとアーダンはたまったものではない。こんなに女々しい奴だとは思わなかった、といつかノイッシュが彼に内緒でぼやいたことがある。

「いっそ、打ち明けちまえばすっきりするんじゃないのか?」

今も、げんなり、といった表情でノイッシュが提案した。その彼を軽く睨んで、アレクは言う。それができれば苦労しねーよ、と。普段何事にも物怖じしない彼が弱気になるのは、シルヴィアに関することだけだ。ことこのことにかけては、彼は非常に女々しく鬱陶しい性格になる。なにが彼をそうするのか、アーダンにはさっぱりわからない。その思いが顔に出ていたのだろうか、アレクはノイッシュに向けていた視線をアーダンに向けて言った。

「いまさら俺があいつに、好きだなんて言って、信じると思うか?」

確かに。納得した様子で頷くアーダンに、アレクはまたため息をつく。ちょっとぐらい否定しろよ、とぶつぶつつぶやくのが聞こえた。


それから数日後。アーダンは沈んだ様子のシルヴィアを見かけた。それは、冬の寒さも少し和らいだ、ある雨の日のこと。いつもの薄布一枚ではなく、その上に男物の上着を引っ掛けてはいるものの、ずぶぬれでとぼとぼ歩く様子はとても放っておけるものではなくて。遠目から見ても泣き腫らした目は赤く。あの冬空の笑顔は欠片も見当たらず。その痛々しい様子にアーダンが声をかけようとした、その時。

アーダンの脇を走り抜けた緑の影があった。よく知っているその男は、迷いもせずにシルヴィアに近づき、逃れようとする彼女を抱きしめた。数瞬の抵抗の末、シルヴィアは男に身を預け、その胸に縋って泣きはじめる。

雨の中佇む二人にそれ以上近寄れず、アーダンはその場を去った。彼女を覆っていた上着が、金髪の神父のものであることにアーダンが気づいたのは、もっとずっとあとのこと。


季節は移り変わり、雪が解けてシレジアに春がやってきた頃。その、ある朝。アレクがテントに駆け込んできた。明るい顔で、息を弾ませて。

「ノイッシュ!アーダン!!俺、結婚する!!」

朝っぱらから脳天を直撃する大音声。朝に弱いノイッシュは顔をしかめ、朝食前のおやつに手を伸ばしていたアーダンは目をぱちくりとさせた。そうして。

頬を紅潮させた親友の後ろに、隠れるようにして立っている少女を、見つける。

「シルヴィア…」

アーダンのつぶやきに、ノイッシュが、一瞬へ?という顔をした。アーダンの視線の先を追いかけ、そして。

「ふぅん……やっと、か」

感動もなにもない、そんな感想を漏らした。気を抜かれたようにアレクの肩ががくりと下がる。

「お前、もうちょっと他の反応はないわけ?友達が嫁さん連れてきたら、おめでとうとかよかったな、とかだな…」

「ああ、はいはい、おめでとう、よかったな、お幸せにどうぞ。…これでいいか?」

「ちっとも心がこもってねぇ!」

くすくすくすくす。

二人の会話に、鈴の音のような笑い声が重なった。アレクの背の陰でシルヴィアが笑っている。

困ったように振り返るアレクに向けて。彼女は微笑んだ。春の木漏れ日のように、やわらかく。そして、あの冬の空のようにすっきりと晴れやかに。

アーダンの心はほんのわずかにちくりと痛んだが、赤い顔で彼女を見つめ返すアレクの様子に心はほんわかとなる。待って粘って手に入れた。彼の宝だ。

シルヴィアの笑顔に照れるアレクをよそに、ノイッシュとアーダンはシルヴィアに言った。

「おめでとう」

アレクが思い切りいじけたのは、言うまでもない。

- fin -


FE聖戦誕生祭6作目。アレク・ノイッシュ・アーダンの友情物語。というか、ほんとはアーダンの失恋の物語なんですけれども。視点はアーダンなのだけど、一番口数が少ないです。無口な人なんです、わたしの印象として。この作品は「それでも君を愛してた」と読み合わせていただけると、もう少し物語の幅が出るかな、と思います。シルヴィアはそちらでメインで出てますので、今回は脇役です。ノイッシュはちょっと出番が少なすぎですかねぇ…いずれ、彼も脇役で再登場の予定です。

2003年2月28日 凪沢 夕禾