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ヴェイルの守護者

十一章

「………………………………」

じゃらん、と響いた音に、ディナティアは自分の手元を見つめた。ついで、足元を。

夢を、見ているのだろうか……自分は。

なぜ鎖でつながれているのだろう?

それに──。

「──ここは、どこだ?」

ほとんど光の入らない小さな窓が一つ。光源はただそれだけの、暗い部屋。

首が痛くなるほど見上げなければ目に入らないその小窓の周囲だけがほんのり明るくて、今が夜ではないことを知らせた。

体が感じる感触からして石造りの……牢。

暗闇に目が慣れてきて、そうだと知った。自分の左側にある壁は……壁ではなく、鉄格子だ。

そして自分を驚かせた、手足の枷。覚醒していきなり耳に飛びこんできた音に驚いた。

いったいいつのまに……?

体に痛みは……ない。

頭がぼうっとするようなことも、やっぱりない。

だれかに乱暴されて連れ込まれたような覚えはなかった。けれど、ここは明らかに自分がいるべきではない場所……いや、いるはずのない場所。

何が起こったというのだろう……?

そもそも。

どうして自分はなにが起こったのかを思い出せないのだろう?

頭ははっきりしている。

自分はオルフェと一緒にいたのだ。森で。疲れた彼を休ませていた。

意地っ張りな彼をやっと休ませることに成功して、そして──。

──カツン。

響いた足音にディナティアはびくりと肩をこわばらせる。それに合わせ鎖が騒いだ。

誰──?

音の方向に視線をやると、ぽうっと浮かぶ光が近づいてくる。

いや、光を持った人が。

顔は、見えない。

ごくりと息を飲んで、ディナティアは近づいてくる光を見つめた。

その人はゆっくり、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。

「気がつきましたか?」

優しい男の声がそう尋ねた。瞬間、背筋を走り抜けた悪寒に、ディナティアは身を震わせる……じゃらじゃらと鎖がひそやかに騒いだ。

「誰……?」

聞き覚えのない声。なのになぜ震える?

なにが、怖いと──?

頭の奥で鳴り響く警鐘。

危険。

この男は危険。危険危険危険──!

全身が粟立つほどの恐怖を感じた。

「怯えているのですか?」

尋ねる声におかしそうな響きが宿っているのは……多分気のせいではない。

怖い。

根拠などなにもないのにそう思う。こんなことは初めてだ。

優しい声、丁寧な口調……穏やかな雰囲気。

姿ははっきりと見えずともわかるのに──それは決して恐ろしいものではないと、それもわかっているのに、なぜ。

なぜこれほどにも、怖い──?

男の足音が止まった。左側……鉄格子の、扉のところで。

「……わたしが、怖いのですか?」

身をかたくしたまま黙っていると、彼は少し笑ったようだった。

「あなたは正しい。そう感じていいのです……いや、そう感じなければ」

……なにを、言っている……?

「これをお返ししておきます──これはあなたのものだから」

そう言って男はなにかを差し出した。ディナティアは恐る恐る手を伸ばし、それを受け取った。じゃらんじゃらんと鎖が鳴る。

今はこの音に感謝したいくらいだ、と彼女は思った。

でなければこの心臓の音が、相手に聞こえてしまったかもしれない。

恐怖で、破れんばかりに鳴り響いている心臓の音が。

男から渡されたのは一振りの剣。

「……『守護の剣』……?」

オフィルからもらった剣。なぜこれを、彼が?

「大事にしなさい。いついかなる時も、それがあなたを守る──あなたが求める限り」

「……なに……?」

さっきから何を言っているのだろう、この男は。

さっぱりわけがわからない……そもそも、自分の置かれたこの状況は、なんなのだ?

困惑もあらたなディナティアの声に、けれど彼は答えはしなかった。

衣擦れの音と共に踵を返す気配がする。

「……わたしをここに連れてきたのは、あなたなのか?」

かつん。

またゆっくり響き出す、足音。

「いいえ」

ゆっくりと、光も去っていく。

「では、連れてきた者の、仲間なのか?」

じゃらり。

立ち上がり鉄格子をつかんだ。

恐怖はまだ続く。あの男は怖い存在。その印象は変わらない──けれど。

この状況を打破するための、たった一つの手がかり──!

「いいえ」

少し遠くで、男の声が答えた。

鉄格子にしがみつくようにして、ディナティアは彼に呼びかけを続ける。

「ならば、わたしをここから出してくれないかっ?」

かつんかつんかつん。

男の足音は立ち止まる様子なく、規則正しく遠ざかっていく。

「いいえ」

声は、すでにだいぶ遠い。光はすでに見えない。角を曲がったか階段をのぼったか……視界にいないのは確かだ。

「あなたはっ!」

それでもあきらめきれず、声を張り上げた。

「あなたは誰なんだっ?」

──しん。

返るは静寂。足音も聞こえない。

…………行ったか……。

そう思い、ため息をつきかけた時。

声は、降ってきた。

「──リファス」

遠く遠く、そう告げた。