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雨恋

プロローグ

(──────あ)

ときん。

鼓動が、一つはねた。

なにか思うより早く、心臓で反応してた。

(会えた)

たったそれだけのことで嬉しくなる。口元がほころぶ。

いつもの三倍は混んでるバスの中、濡れた傘がふくらはぎにあたって気持ち悪いし、肩に掛けてるカバンは持っていかれそうになるし、後ろからも横からもぐいぐい押されて、なのに逃げ場はなくて辛いけど。

前に立ってる背の高いサラリーマン風のお兄さんが吊り革にぶら下げた腕の、ちょうどひじの部分があたしのおでこの位置で、バスが止まったり曲がったりするたび、ごつんごつんと当たって痛いんだけど。

でもあたしの気持ちはすごくふわふわしてた。

大嫌いな雨の朝を大切な時間に変えた人が、あたしの視線の先にはいる。

背中一つで、嫌な気分をふっ飛ばしてしまう、元気の源。

振り向かないかな。こっち見ないかな。

背中をじっと見つめながら、あたしは思う。

こんな時間がとても好き。

(おはよう)

心の中でそっと、あたしは彼にあいさつをした。