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籠の中の楽園

第一章

「さぁて……どうしたもんかねぇ……」

ため息を落としながら部屋の主が出かけた後。

外から部屋の中を観察するにはもってこいの高さに枝を張る木の上で、彼はつぶやいた。ぽりぽりと右のこめかみを掻く。

「とんだドジをしちまったもんだな、まったく」

浮かぶのは苦笑。困った状況に陥っているのは確かだが、それでもまだ余裕はある。だから追い詰められた心境にはなれないが……さりとて。

「のんびりしてる暇はないかもな」

窓の向こうをうかがいながら、一人ごちた。

まだ日は高く、採光のよい部屋の中は明るい。白木の壁と床。窓辺に置かれた寝台も白木作りだ。寝台の脇には本棚。そのほかには中央の机と椅子があるだけだった。扉の脇の壁に下げられた紗幕の向こうは衣裳部屋だろうか。年頃の少女の部屋にしてはいささか殺風景な印象を受ける。

「明るい茶の髪、翡翠の瞳……イルカ、か。アレだな」

知っている情報は、といえばそれだけだった。よくもそれで引き受けたものだと自分でも思うが……見つかるものだな、と苦笑する。運がよかったのか……そうだとすればそれは、自分なのか、それとも依頼人か。あるいは。

「あの子か……」

どうあっても取り戻したいのだ、と依頼人は言った。訴えた。情に流されて引き受けたわけではない。依頼人の気持ちはわからないでもなかったが、同情するには足らないことだと彼には思えた。だから、引き受けた理由は……目的は、単に「報酬」の為、に他ならない。前金は受け取った。だが残りは成功した暁でなければ手に入らない。

失敗するわけにはいかない。

受け取った前金など、はした金に過ぎない。成功しなければ危険をおかす意味などないのだ。そして、また。

「まずはあいつを取り戻さんと、な」

部屋の中……寝台の毛布の下に、求めるものがあることは知っている。少女がそこに隠していったのをここから見ていた。不用心すぎるのではないかと呆れながら。

筋金入りの箱入りなのだからしてしかたがないとはいえ……苦笑もできない現実をつきつけられた気分だ。彼女に不用心である自覚がないだろうことが明らかなゆえに。

「外」の世界を知らなければこんなものか。……こんなものだ、と彼は思う。そう、かつては自分もそうだったのだから。

ふぅ。ため息一つ。

そうしてわずかな枝の揺れを残し、彼は跳んだ。跳躍。

枝から窓までの距離を一気に縮め、窓枠に貼りつく。侵入の後を残すわけにはいかないので窓を割ることはできないが……それは別に問題ではなかった。彼にとっては。

右手の平をそっと窓に押し当てた……ささやきを唇に乗せる。

「導け」

刹那。

くぐもった音が聞こえた。いや、唸り声か。ごくわずかに眉根を寄せ、彼はつぶやく。

「戻れ」

不用心だといっても、さすがに何も残していないわけではないか。

苦笑し、窓から跳び退るように離れる。元いた枝の上、部屋の中を眇めるように見ながら。

人の気配がなかったゆえに油断していた……失念していた、というべきか。

「ふん、霊獣だけは立派だな」

ほんの少し悔しく思いながら、出直すか、とつぶやいた。警告を発されるまで気づかなかったことが悔しい。

窓の向こう、すらりとした肢体を持つ犬に似た獣の蒼光る瞳と睨み合う。

闘って勝つことは不可能ではないが、今そうすることは自分に何の得ももたらさない。考えるまでもなく、それは明らかなことだった。

「またな」

軽く笑って、彼は告げた。そうして枝が揺れる。一陣の風がゆきすぎる間に、彼の姿は消えていた。

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