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愛しい人へ

「だっておいらは、生まれてきちゃならない子だったんだ」

ぽつり、あなたが落としたつぶやきが、心にとても痛かったから。

だから、わたしは。だから、わたしは───。


慣れない手つきで針を動かしていたら、ふっと手元に影が差した。顔をあげればエスリン様が驚いたような表情を浮かべて立っている。それが少し気恥ずかしくて、わたしは手にしていたものを背中に隠しながらえへへと笑ってみせた。

「ティルテュが縫い物なんて、珍しいわね?それも……刺繍?」

愛くるしいお顔にいたずらっ子のような笑みを浮かべて、目をキラキラさせるエスリン様。隠したって無駄だったみたいだ。じぃっとこちらを見つめる彼女の視線に降参して、わたしは隠したものを再度膝に広げた。

大きな正方形の麻の布。その一隅に、形の途切れたある紋章がある。今わたしが刺繍しているものだ。

「なぁに、誰かさんへのプレゼント?」

にたりと……そう、まさににたりと笑ってそれに目をやったエスリン様は次の瞬間不思議そうに首を傾げた。

「…これ、フリージの紋章じゃない?」

確かにそうなので、わたしはこくりとうなずく。そのまま黙っていると、エスリン様は不思議そうな表情はそのままに、さらに尋ねた。

「てっきり…シレジアの紋章を入れているのだとばかり思っていたけれど。彼にではないの?」

そうであるのがさも当然のようにそう言われると思ったから…だから隠したのに。こっそりと内心でため息をついた。

エスリン様とわたし、年も変わらないし、境遇だってさほど変わらない。お互いに公女で、今はシグルド様の軍に加わっていて……けれど。エスリン様は人妻だ。もうお子様もいる。自分が母親になるなんて想像もつかないけれど、エスリン様はしっかり母親の顔をしているし…そのせいか、たまに。たまに、お節介な口を出してくる。シグルド様の軍には同年代の女性も多いけれど…そんなふうに口を出してくるのは、エスリン様くらいのものだ。他の人はみんな、それぞれ自分のことに必死で、忙しいから。だからあまりお互いに干渉したりしない。人のことにうるさく口を突っ込んだりは、しない。求められれば助け、求められなければ傍観する。それは一種の暗黙のルールのようなものなのだけれど。

「それとも、喧嘩でもした?」

エスリン様には、そのルールはあてはまらないみたいだ。

「これは、レヴィンにではないから…」

苦笑して、わたしはかぶりを振った。エスリン様は人の恋愛事情に口をはさむのがお好きらしい。それは趣味嗜好の問題でどうやっても仕方のないことなのだ、と前に胸を張っておっしゃっていたことがある。楽しませてもらうかわりに相談に乗ってあげるからドンと来なさい、なんて言われた日には、一体喜んでいいのやら迷惑がるべきなのやらわからなくなってしまったのだけれど、恋愛の先輩でもある彼女のアドバイスは時に非常に的確でありがたいもので、だから度々お世話になっていたりするわけで…要はつまり、うちの恋愛事情は彼女には筒抜けだってことなのだけれども。

わたしとレヴィンがいわゆる恋人同士となったのはまだつい最近のことで、周囲もまだ大半が気づいてないんだろうなと思う。レヴィンは甘ったるいことが苦手というか嫌いな性質で人前でべたべたしたりなんてできるわけないし、かといって忍んで会うような手間をかける人でもない。結局は恋人らしいことなんてなんにもなくて、とりあえずお互いに好きですよ、って意思表示をしただけの関係なんだけれど。

それでもそこに至るまでにはいろいろ紆余曲折あって、そこにエスリン様が一枚噛んだとか噛まないとか…まぁ、つまりそんなわけで、彼女にはすっかり頭が上がらないわけだけれども。

「うん、まぁ、喧嘩した様子ではないなぁと思ったけど、ね。でも、まさか自分用のじゃ、ないでしょ、それ?」

わたしが刺繍している布は、戦いに出るとき懐に忍ばせておくものだ。戦いで怪我をしたときに止血をしたり、当て布にしたりする。戦死した場合は、そこに紋章があればそれを頼りに知らせが飛ぶ。だから縁の紋章をそこに記すわけだけれども、そこから広がったおまじないのようなものがあって。それが、「恋人からそれを送られると必ず生きて戻る」というもの。どこの誰が言い始めたのか、どんな根拠があるのかは知らないけれど、それはいつの頃からか流行り始め、最近全体的に恋愛運が上がっている様子のシグルド様の軍でも女性が恋人に縁の紋章を刺繍したものを贈るのが流行になっている。エスリン様はだからそんな風にわたしに尋ねたんだろう。

「自分のでは、ない…けど……」

もごもご。どうにも口にはしづらくて、わたしは口ごもる。

レヴィンの分も、ある。ある、けれど…でも、それより先に贈りたい人がいる。というより、できた。本当はレヴィンに一番にあげるつもりだった。でも。でも……。

ふぅん?とエスリン様はいまひとつ納得できないような調子で言って、そっとわたしの肩に触れた。じっと、わたしを見る。

「別に詮索をする気はないんだけれど。でも、ティルテュ?せっかく手に入れた恋が壊れてしまうような罠を、自分で仕掛けてはだめよ?相手を信頼するのは大切だけれど、相手に信頼されるのは大変なのだということを、覚えておいてね?」

こくり、頷いた。それならいいのよ、とエスリン様は手を振って離れていく。それを見送り、それから膝の上に目を落としてわたしは小さなため息をついた。

大切な人は、わかっている。でも。だからってあの人を放っておくことなんてできない。どうしたって、できなかったのだ。


「本当に、これをおいらにくれるのかい?」

心底驚いた表情で、デューが布を受け取った。そこにあるフリージの紋章に戸惑ったようにわたしを見る。どうい意味なのかと、そう彼の瞳は問うていた。

ことの、はじまりは。数日前に遡る。その日わたしはデューと二人、川へ洗い物に出ていてゆっくりと話す機会があったのだ。人懐こい性格らしいデューの話はとても愉快で楽しく、心地がよかったのだけれど、話しているうちにわたしはあることに気がついた。それは、彼が決して自分の本心を晒して話してはいないということ。

意を決してそのことに触れると、彼ははっとしたように口をつぐみ、それきりあまり話さなくなってしまった。途端に沈んだ空気がお互いの間を流れて、わたしはとても後悔したけれど、それ以上にデューのことが気になった。わたしより年少のくせに人を子ども扱いして生意気な口をたたく、やんちゃな男の子。川辺で見せた寂しげな表情はあまりに彼に似つかわしくなく…けれどもそれこそが彼の本当の顔ではないかと思えてしょうがなかった。

なぜ、と。尋ねたわたしに。彼はぽつりと答えた。

「だっておいらは、生まれてきちゃならない子だったんだ」

だから、おいらは人を楽しませるために生きていくんだ…と。

それ以上はとても、聞けなかった。詳しくなんて知らなくても、ただその言葉だけで十分に胸が痛くて。そうして、悲しかった。

だから。だから、わたしは…フリージの紋章を刻んだこの布を、彼に渡したのだ。

「ティルテュがおいらのことを好きだとは思わなかった」

びっくりまなこのままでそんな風に彼がつぶやいて、わたしは反射的にぷるぷると首を横に振った。

「違うの!それは、そういう意味じゃないの。そうじゃなくて…デュー」

なんて言えば。どういえば。かぶりを振るわたしに、彼はことりと首をかしげてみせる。少し、寂しそうな顔をした。

「これを女が男に贈るのは、そいつのことが好きだからだって聞いたよ?」

そう、それは確かにそうなんだけれど、でもそれはそうじゃなくて…。

「違うの。そうなんだけど、でもそれは違うの。わたしはデューを好きなんだけど、でもそれはそういう好きじゃなくて…」

なんて言えば。なんて言えば通じるだろうか。あのときに感じた気持ち。この布に託した想いは、どうすれば彼に伝えれられるだろう。

「じゃあ、なに?なんでくれるわけ?わからないよ、ティルテュ」

拗ねたような口調…ううん、違う。傷ついた声だった。それを隠して拗ねてみせているのだ、彼は。

ぱさり、布をわたしの腕に押し戻し、彼はくるりと踵を返す。慌てて追いかけながらわたしは彼の腕に手をかけた。

「待ってよ、デュー!これは、あなたにって…!」

「だから、なんでだよ!おいらがそれをもらってどうするんだよ。おいらのことが好きでもないのに、なんでティルテュはそんなことするんだ?」

ぱしん、とその手を払いのけてデューが言う。子供だ、なんて思っていたけれど、こうやって近くでみる彼はもう立派な少年で、知らない間にずいぶんと大人びた表情をするようになっていたんだと気がついた。払われた手が、痛い。

「わけわからないよ、なんだよそれ。同情?この間おいらがうっかり口滑らせちまったから?だったら忘れてよ、忘れていいよ、あんなのは。お節介なんてやかないでおくれよ」

だから、違うんだってば……!

布を握り締め、わたしは必死でかぶりを振る。もどかしい。なんで言葉はこんんなに難しい?他愛のないおしゃべりならいくらだってできるのに、ただ楽しいことならなにも考えなくてもぽんぽんと話せるのに、肝心の大切なことがちゃんと伝えられないなんて。

「わたし、レヴィンが好きなの」

なにかすべての順番をすっ飛ばして、わたしはそう言っていた。はぁ?とデューが素っ頓狂に聞き返す。それを無視してわたしは続けた。

「でも、デューも好きなの。違う好きだけど、ちゃんと好きなの。戦いに出ても、ちゃんと帰ってきて欲しい。黙ってさよならされるのは、絶対嫌なの。だけど、だけど……」

そこで少し、言葉を探した。どうしてもうまく言えなくて。そうしたら。

「おいら、黙っていなくなりそうだった?」

こくんと頷く。たとえば怪我をして、誰かの足手まといになりそうだったら。彼は間違いなく自分の死を選ぶだろうと……あのときの言葉にはそんな響きが確かにあったから。だから、わたしは怖くて。だから、とても悲しくて。

彼は自分を待っている人なんていないと思っている。それがとてもとても悲しくて。そんなことはないのに。ここにいるのに、と。

恋ではない。だって自分が好きなのはレヴィンだ。それは間違えようもなく、明らかなこと。けれど、この布に込めた祈りは、一針一針綴じ込めた願いは、これもまた本物。デューが好き。だからいつも無事に帰ってきてほしい。生まれてきちゃならなかった、などと自分を責めずに、胸を張って、帰ってきたよと言ってほしいのだ。いつでも。帰る場所がないというなら、わたしがその場所になろう。そのためのフリージの紋章だから。その紋章が彼とわたしを繋ぐように。

「もしそうなったら…ティルテュは悲しいんだ?」

また、こくんと頷いた。なぜだか、泣きそうになる。

だって。だって、一人ぼっちは寂しい。とても寂しいことを、わたしは知っている。シグルド様の軍に来てしばらく、わたしも一人だったから。

「そっか……悲しいのか」

そう言ってデューはしばらく黙り込んだ。わたしも一緒に沈黙する。ややしてから彼はそっと、わたしの腕の中の布に手を伸ばした。

「おいらがこれを持ってたら、ティルテュは安心するのか?」

尋ねるから。こくりとうなずいた。ふぅん、と言ってデューは布を取り上げる。

ただの、布切れ。それに力があるわけではないけれど。持っていて欲しいと願ったわたしの心と、持っていてくれるデューの心が重なるなら。そこに、力は生まれるのかもしれないと、思う。生まれればいいと思う。

「そっか。…じゃあ、さ。もらっておく」

わたしの思いのすべてが伝わったわけはないだろうけれど、デューはそう言って笑った。ほっとして、わたしも笑う。さっきまでの張り詰めた空気が失せ、和やかな空気が戻ってきた…そう思った、のに。

「ティルテュがレヴィンを好きなのはわかったけど、おいらはティルテュを好きだから」

だから、こいつを大事にするよ。

にこっと笑って駆け出していく少年の姿を、わたしは呆然と見つめた。

何も最後にそんな爆弾発言を残していかなくたって。

愛しい人へ。

それは恋ではないけれど、想いは通じたと思った……でも。なにか、ちょっと雲行きが怪しいかもしれない。

脳裏をエスリン様の言葉がかすめた。

『せっかく手に入れた恋が壊れてしまうような罠を、自分で仕掛けてはだめよ?』

仕掛けたつもりはないけれど。仕掛けられてしまった気がする……。

でも、それでも。大切な人と心が繋がっているのはとてもとても幸せなことだと、思った。

- fin -


FE聖戦誕生祭9作目。ティルテュとデューの組み合わせはちょっと珍しいかも。カップリングではないのですが。このティルテュは少しゲームの雰囲気とは違うかもしれません。おとなしい感じが強いです。元気でちょっとお転婆な感じもよいけれど、悩み事を抱えたり思いつめているときはすごく臆病な人なんじゃないかな、と思ったのです。ナイーブというか。そんな感じが伝わってくれると、嬉しいのですが。エスリン様はゲストではなくて主役級扱いなのですが、ちょっと影が薄くなっちゃったのが残念。

2003年5月11日 凪沢 夕禾

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