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もう一度会えるまで

がしゃん、と大きな音を立てたのは、自分を縛める鎖だった。突然奪われた自由に、ラケシスは呆然とする。

「なに…これ」

事態が把握できずにもらしたつぶやきに、蒼い髪の少年は、きっとした目を向けた。普段穏やかな彼からは想像もつかなかった険しい表情にラケシスは口をつぐむ。再びふいと顔をそらして、フィンは言った。

「自分を傷つけることしかできないのなら、あなたは剣を握ってはいけないんです」

がしゃん、がしゃん、と。床に散らばったがらくたが取り除けられ、暗い部屋を埃が舞い踊る。小さく咳き込みながら、けれど彼はその手を休めなかった。

「なによ、それ?」

決め付ける態度が癇にさわった。彼にそんな風に言われる覚えなんてない。迷惑をかけた覚えも、お節介を焼かれる必要も……まして、こんなふうに鎖に縛られる理由なんて。

「どういうつもり?」

尖った声で問いかけても、フィンは振り返らず、答えも返らなかった。ただ硬い音が壁に反射する。部屋の中に薄い光を投げかける小さな灯りを壊れた燭台にのせ、彼はじゃらり、とラケシスの手首から伸びる鎖の端を引き寄せた。そうして、以前は棚を打ち付けていただろう壁の留め具にしっかりと鎖を繋ぎとめる。

「ちょっと!」

慌ててそばに寄り、つながれた両手でフィンの背中をたたいた。本当にどういうつもりなのか。何を考えて、こんな……。

「次の戦いが終わるまで、ここにいてください。食事はちゃんと運ばせますから」

作業を終えた少年がくるりと振り返って静かに告げた。一瞬目を丸くし、ラケシスは猛烈な勢いで抗議する。

「何言ってるの……何言ってるのよ!戦いが終わるまでって、何よそれ!わたしだって戦うわ、何の権利があってこんなことをするの。さっさとこれを外しなさい!」

じゃらり、じゃらりと枷が耳障りな音を奏でる。こんな場所で、こんな状態で、一体何を考えているのか。頭が変になったのではないかとすらラケシスは疑った。信じられない。

けれど。フィンは思いつめた表情で彼女の望みを退ける。淡い光と共に彼女を置き去りに、彼はその部屋を出た。引き止める声も届かなかった。がしゃん、と錠の下りる音がして、彼女は自分がそこに閉じ込められたことを知った。

「許さないわ……絶対に許さないから!」

怒りにぶるぶると震えながらそう叫んだ時。

「あなたも少しは待つ者の気持ちを味わってみるべきだ!」

絞り出すような声が返ってきた。一つ、壁に拳を打ち付ける音。そのまま走り去る足音があって、あとはただ、静寂のみ。

「なに……?」

そんな言葉を残されても。彼がなにを望んでいるのか、ラケシスにはいまだ、何一つわかっていなかった。


ここに繋がれてからどのくらい経ったのだろう、とぼんやり思った。食事は小さな男の子が何度か運んできた。最初は回数を数えていたのだが、面倒になってそのうちやめてしまった。けれどまだ、幾日も経ってはいないはずだ。

なのに。すでに神経はぎりぎりのところまで参っているのではないか、とラケシスは思う。こんな薄暗い部屋に一人きりで閉じ込められて。多少歩き回る程度しか許されない拘束を受けて。今ごろみんなは何をしているのだろうか。こんな場所では外のことなんてまるでわかりもしない。一体フィンはこの場所をどうやって見つけたのだろうかと思う。

そう、フィン。レンスターの騎士。出会った当時は見習い騎士だったのに、気づけばいつのまにか騎士の称号を手にしていた。あんなに押しが弱くて、人の言うことに、はいはい、とただうなずいて。頼みもしないのに気づけばいつもそばにいて。そんなふうじゃ戦いに出ても危なっかしくて見てられないはず…だというのに。

振り返ってみると、助けられていたのはいつも自分のほうだった。危なくなった場面にいつもあの人がいた。…認めたくは、ないけれど。

一体あの人は何を考えているのだろう。何がしたいのだろう。自分に、何を望んでいるというのか。今ごろ、どうしているのだろう……。

ぼんやりと闇に浮かび上がる炎を眺めながら、そんなふうに思いを巡らしていたから、近づく足音に気づかなかった。錠の外れる音で我に返る。

食事……?

虚ろな瞳に映ったのは、けれどいつもの少年ではなくよく見知った女性だった。

「フュリー……?」

なぜここに彼女が来るのか。

食事をのせた盆をかちゃかちゃと言わせながら、フュリーは遠慮がちに近づいてくる。

「ラケシス様…?」

ささやくような声が、名を呼んだ。

「…どうして、あなたが?」

問いかけに彼女は膝を落としてラケシスの前にしゃがみこむ。盆を置くと、手にしていた灯りを持ち上げて悲しそうな顔をした。

「今この城にはほとんど、人がおりませんから」

その言葉の意味するところを察して、ラケシスははっと緊張する。…つまり、皆、戦いに出ているのだ。

本当に、置いていかれた……。

「なぜあなたは行かなかったの?」

知らず声が尖る。それを感じてか、フュリーが一瞬びくりとした。灯りが揺れる。

「体調を崩していたので……留守をお預かりいたしました」

その言葉にじっくりと見ればなるほど、彼女の顔を普段とは比べ物にならぬほど、青ざめていた。よほど具合が悪いのだろう。もともと体の弱い性質だというのは聞いて知っていたけれど、実際に目の当たりにするのは初めてだった。

「……大丈夫なの?」

尋ねると、にこりと笑う。ありがとうございます、と微笑むその眼前にラケシスはずい、と両腕を突き出した。

「外して」

目を丸くするフュリーに、要求する。

「敵が攻めてきたというのなら、わたしも出るわ。この忌まわしいものをさっさと外してちょうだい」

けれども。

「できません」

意外にもきっぱりと、彼女は首を横に振った。なんですって、と目を瞠るラケシスにフュリーは告げる。

「今回ばかりはどうか、我慢してください、ラケシス様。皆が帰ってきたら…フィンが帰ってきたら、必ずお外ししますから」

何度なだめすかしても、彼女は断固としてそう言い張った。フィンが帰ってくるまでは。

そう言って、拒んだ。


次の日も、またその次の日も。食事を届けてくれる度に迫ったが、フュリーはやはり首を縦には振らなかった。……そのうち。

「…いったい、いつになったら帰ってくるのよ」

フュリーを説得するのを諦め、こうなればさっさとフィンが帰ってくればいいのだという結論に達してその帰りを待つことにしたのだけれど。

幾日経っても、その知らせは届かなかった。尋ねても尋ねても、フュリーは悲しそうに首を振るばかり。苛々は日ごとに募り、拘束を受けた生活への我慢の限界も重なって彼女にあたったりもしたけれど、やがてはその力もなくなり。

いくらなんでも遅すぎるのではないか、という思いが胸をよぎりはじめた頃。シグルド軍帰還の知らせを聞いた。ほっと安堵に胸をなでおろしたラケシスに、けれどフュリーは信じられない言葉を続ける。

「別動隊として動いておられたキュアン様の隊だけが、帰っておられません…」

それはすなわち、主君に従っているフィンもまだ帰還してない、ということ。

きゅっ、と心臓が締め付けられる感じがしたのは───きっと、落胆のためだ、とラケシスは思った。まだ、ここから出られない。だから心が沈んだのだと。

けれど、キュアン隊未帰還のまま日が過ぎるにつれ、心の重荷は増える一方だった。まさか、と思う。まさか、このまま帰ってこないなんてこと……。

「…そんなの、許さないから」

せめてもう一度会って、そうして思いきり文句を言わなければ気がすまない。こんなところに閉じ込めて、さんざん待たせて、心配させて……!

そう、思った刹那。

心、配……?

違う、とかぶりを振る。暗闇の中一人虚しく。否定したかった。違う。

「心配なんか、してない……」

この思いは、違う。彼の帰りを望むのは。待って、いるのは。この境遇から早く解き放たれたいから。それだけ。それだけだ。

『なぜ?』

声が聞こえた気がして、ラケシスは周囲を見回した。誰もいない。…当たり前だ。ここを訪れるのは今ではフュリーだけ。シグルド軍が帰還したのちも彼女は食事を持って通い続けてくる。だが、他の者を伴うことはなかった。

自分の姿が見えないことを他の者はどう思っているのか、と尋ねてみたこともあるが、曖昧にはぐらかされただけだった。どうやら、いまだ音沙汰知れずのキュアン隊と一緒だと、そういうことになっているらしい。……本当にそうであったら、どれだけよかったか、とラケシスは思う。

どんな状況に陥ったかは知らないが、そばにいれば。こんなに気をもむことはなかったのだ。手の届かないところで何か起こっていても何もできないのがこんなにもどかしいことだとは思わなかった。待つのがこれほど苦痛なことだとは、思いもしなかったのだ。自分はいつも、真っ先に飛び出していたから。後に残されたものの気持ちなんて。

そう、残された者の、気持ちなんて……。

『あなたも少しは待つ者の気持ちを味わってみるべきだ!』

脳裏によみがえる、少年の声。……誰が。誰が、わたしを待っていたと、彼は言いたかったのだろう。

いつも見守ってくれていた、大切な、大好きな人は、もういなくなってしまったのに。あのあたたかな眼差しが自分に注がれることは、もう二度とないのに。

それはもう、考えないように努力してきたことだった。思い出せばそれだけ、辛くなる。そうしたらもう、立てなくなってしまう。だから、考えてはいけないのだ。ただ剣を握って走るだけ。そうでなければ、生きていけない。

『なぜ?』

また、声が聞こえた気がした。それが自分の奥底から聞こえる自問であることに、ラケシスはようやく気づく。

……だって。

だって、支えてくれる人はもういないのだから。抱きしめてくれる人も、いないのだから。安らぎをくれる場所はもうない。けれど、それでも生きよと遺された。遺されて、しまった。そうして同じく遺された彼の国のために。ノディオンを守るために…ただ、それだけのために。自分は生きているから。

そのはず、なのに。

他になにかが入り込む余地なんかなかったはずの心に、何かが割り込んでくる。がむしゃらに剣を振るうことで無視してきた心の穴をあらわにし、そうしてそこに入り込んでくる、なにか。

そんなのは、だめなのに。

そう思うのに、その意思と反して、それは日ごとに大きくなっているような気がする。否、確かに大きくなっているのだ。だから、苦しい。無視できないのに無視しようとするから辛い。

「心配、なんかじゃ……」

他人なんか。気にかけていられる余裕はない。自分と、自分の国のことだけで、兄が遺したものだけでいっぱいにしていたい。それなのに……。

確かに案じている自分がいる。自分でもない、兄でもない、その他の、だれか。その人の無事を───願って、いる。

………これを、伝えたかった?

じゃらり。室内に硬質な音を響かせて、ラケシスは頭を抱え込んだ。


ぼんやりとした意識の中で、兄に会ったような気がする。

昼も夜も変わらず暗い部屋で、ゆるやかにラケシスの意識は覚醒した。一日中何もすることがなくて、ただ横になっている。硬い床では辛かろうとフュリーが持ってきてくれた敷布に身を横たえて。

兄は、変わらず優しかった。優しく抱きしめて、そうして頭を撫でてくれた。子ども扱いされるようで嫌だと、何度も何度も突っぱねた仕草。けれど今はそれが無性に懐かしい。

もうあなたはいないのに、それでもわたしは生きてしまう。生きてゆけてしまう。そのことが悲しくて、切なくて、そうしてなんだか申し訳なくて。

そうやって泣いている自分を、彼は頭を撫でることで癒した。それでいいのだと、そう言われた気が、した。そこに言葉はなかったけれど。

いいの……?

他人を受け入れるというのは。それは、あなたを排除するものではないの?

問いかけると、困ったように笑っていた。おれの妹は、そんなに心の容量が狭い人間だったのか?とでもいうように。

それは、夢か現か。夢などという儚いものではなかったと、ラケシスは信じたい。だって自分の中に新しく芽吹いた意識が、ちゃんとある。ありえないはずの出会いが残したものが、あるから。

そんな気もちを抱きしめて、深呼吸したとき。慌しく近づいてくる足音が聞こえた。どきん、と鼓動が跳ねる。

フュリーのそれ、ではない。彼女はこんな乱暴な歩き方はしないし、かといってその前に食事を運んできていた少年のものでもない。もっと力強く、そして少しだけ荒々しい。

がしゃん。錠の外れる音。起き上がってラケシスは身構えた。そうして入ってきたのは果たして。

「遅くなってしまって、申し訳ありませんでした」

自分の前に膝をつき、深々と頭をたれたのは、ずっと待っていた人。蒼い髪の騎士。

「フィン……」

久しぶりに見る彼は、憔悴が色濃く出た顔をしていた。あちこちに傷跡。くたびれた装備が、厳しい戦いだったことを物語る。

「いつ、帰ったの?」

「ついさきほど」

帰還の挨拶もそこそこに飛んできてくれたのだ、とわかった。ここに繋ぎ止めた自分のことを、彼は忘れていなかった。

「───外して」

枷をかけられた両手を差し出す。フィンは思いのほか素直に応じた。あっさりと床に落ちた枷に、自由になった自分の両手。おもりのない状態はなんだか久々過ぎて、ふわふわと宙に浮くような感じがする。なんだか……落ち着かない。

「こんなに長く留守にするとは思わなかったのです。言い訳ですが……。申し訳ありませんでした」

また、フィンが頭を下げる。彼がちっとも自分を見ようとしないことに、ラケシスは気がついていた。なぜ、と問う。

「なぜちっともこちらを見ないの、フィン?わたしが汚いから?それとも二度と会いたくないからここに閉じ込めたの?」

「いいえ!」

激しい声が否定する。

「そうではなく。……わたしは、あなたに申し訳がなくて……」

遠慮がちに向けられた視線に、けれどラケシスは射抜かれたように感じた。蒼く澄んだ瞳。幾度となく向けられてきたものなのに、初めて真っ向から彼と向き合った気がして。

「……お風呂に、入りたいわ」

こちらを見ろと言ったくせに、ラケシスは自分から視線を外した。そうして口にした要求にフィンが弾かれたように立ち上がる。すぐに用意をさせます、と出て行こうとする背中に、言葉を向けた。

「お帰りなさい!」

驚いたようにフィンが振り返る。瞠られた目が居心地悪くて、ラケシスはまた、自分から視線を外した。ぼそぼそと、言い足す。

「……って、言おうと思ってたのよ」

視界の端に、彼がふわりと笑ったのが見えた。顔を向けると、彼はよく知っている優しい優しい顔で、言ったのだった。

「ただいま」

その瞬間に感じた、なんともいえない気持ち。身を翻して駆けていく騎士の背中を眺めながら、ラケシスは悟る。

彼は、これを伝えたかったのだと。

あの日ここに繋がれて、そうしてもう一度会えるまで。空白だったはずの時間が、思いもかけずにたくさんのものを自分にもたらしていることに新鮮な驚きを感じながら、ラケシスは一歩を踏み出した。そしてまた一歩。

閉ざされた空間から、外へと。

- fin -


FE聖戦誕生祭8作目。フィン♥ラケもどきで実は(まだ)そうじゃない話。まとめきれない部分もあり、消化できてない部分もあり、構想が予定外に広がってしまったために出来た番外編を無理やり誕生祭の作品に仕立てあげたので、かなり厳しい感じがします。そのうち補完編というか、本編を書きたいと思いますので、よかったら待っててやってください。なぜかこれにフュリーがゲスト出演しているのもそのへんのせいですので。

2003年5月10日 凪沢 夕禾