Irreglar Mind
第1章 最低最悪のオカマ野郎 - 1 -
「あのね、瑠希(るき)。あたし、彼氏できちゃった」
学校帰りのバスの中、一番後ろの席を二人で占領していたとき、彰子がいきなりそう言った。
ちょっと顔を赤くして。
「へぇ……おめでとう」
ほんとはおめでたいなんて別に思わなかったけど、彰子の幸せそうな顔見てたら、なんとなく言わなきゃならないような気になっちゃって。
だって、すごく幸せそうな顔で言うんだぜ、やっぱ本心でなくても言ってあげなきゃな。
これが彰子以外の人間だったら皮肉の一つや二つ……いや、もっと出てくるところだけどさ。
もしかしたら、彰子の恋愛はとっても運のいいことに幸せなのかもしれないしさ。だから、俺はおめでとうを言った……ちょっとぼんやりしながらだったけど。
そうしたら彰子はみるみる真っ赤になっちゃって、すごく可愛かった。
……そうだよな、やっぱり男だったらこういう娘を好きになるんだろうな。
かわいくってさ、守ってあげたくなるような、そんなタイプ。
世の中の男の好みなんて知ったことじゃないけど、思わずそう思っちゃうような……そんな子なんだよ、彰子って。
ふわふわの天パのかかった黒い髪は背中半分くらいまでの長さ、ぱっちりした二重まぶたにちょっと黒目がちな黒い瞳。
背は小柄で、確か高校入学したときの測定じゃ152だったって記憶してる。
ほっそりしてて、だけどがりがりってわけでもなく。
無邪気で優しくて、いつもにこにこしてて。
……もしも俺が、男だったら。
やっぱり好きになってたんだろうなって、そういう子。
もしも、俺が男だったら。
この部分で違和感持たれたまんま話し続けるのもどうかと思うから、ちょっと補足しておこうかな。
俺、という人間について。
俺、白山瑠希。変な名前だろ、ルキだってさ。今はもう離婚しちまって再婚までしちゃってる俺の母親が、こういう名前好きなんだよ。
……あれ、親父が、だったかな。
この親父って人もすごい人でさ、もうずいぶん会ってないけど、おふくろと離婚したあと再婚して、また別れたって聞いた。
どうせ別れるんなら、くっつかなきゃいいのに。
まぁ、今はそんなこと、関係ないけどね。親父もおふくろも、自分の人生を楽しんでくれればそれでいいことだし。
そんなわけで、現在の家族構成は、おふくろとその再婚相手、つまり義父(若いんだ、これが)に、妹と俺。四人家族。
妹は今小6かな。亜夜夏っての。小学生のくせに彼氏いるんだぜ、ませてるよなぁ……。
いまどきはそれが普通なのかね。まぁ、それもどうでもいいことだけどさ。
俺自身はというと、今高1。性別は一応女ってことになってるけど、……もうわかってるだろ、言葉遣いから態度から外見から、ほとんど男。
つい半年ほど前までは、ちゃんと「わたし」って言ってたんだけど、まぁ、いろいろあって、今に至る、と。
もともとがさつで図体でかいもんだから、初対面の人は99.9パーセント、間違える。
俺がほんとに男だ、ってね。
いつだったか、デパートで女子トイレに入ったら痴漢と間違われて騒がれたっけね。
店員は飛んでくるわ、人だかりはできるわ、あれは嫌な気分だった。
ばかやろう、女が女子トイレに入って何が悪いっ。
まぁ、今じゃ慣れちまったけどね。そのころはまだ、女ってこと意識してたからちょっと傷ついたりもしたけど、今は全然平気だな。
身長173センチ、やせてて胸もヒップもないし、髪はカリカリのベリーショートで、態度はがさつ。
お見事、ってほどに男らしいだろ?
別に、某歌劇団に憧れてるってわけじゃないぜ?
さっきも言ったように、半年ほど前までは、一応女ってこと、意識はしてたんだ。髪も長かったしさ。
だけどあることがあって、ばっさりイメージチェンジしてしまったら……いきなりクラスで浮いたんだよな。
ま、入学式に腰まであった髪が10日後にはベリーショート、一人称代名詞が「わたし」から「俺」に変わってんだから、当たり前か。
もっと仲良くなってりゃ別だったかもしれないけど、中学の連中のいない高校、あえて選んできたから、まだ知り合いもいなくて、そんな中で敬遠されるようになったから、ちょっと寂しかったけどな。
なんたって、弁当食べんのも一人、移動教室も一人、体育の時のチームは、なんとそれぞれのチームのキャプテンがじゃんけんをして、その一番負けたところに入るっていう、なんとも情けない状態だったし。
そんな中で唯一、俺の友達でいてくれたのが、香坂彰子。彼女だった。
彰子とは中学が同じで、そのときから仲がよかったんだけど、彼女、俺の変わりぶりを見て、なんて言ったと思う?
「瑠希ちゃん、かっこいいなぁ。ほんとに男の子だったら好きになっちゃうのになぁ……」
……おいおいおいおい。ちょっと目がきらめいてるのが怖かったな。
ちょっと天然入ってる彼女だけど、そばにいてくれるの、ほんとにほっとするんだ。
クラスが違うから、四六時中一緒ってわけじゃないけどね。
髪と一緒にばっさり切り捨てたもの知ってるのも、彼女だけ、なんだ……。
「でね、その人、美波俊和って人なの。……知ってる、でしょ?」
彰子に言われて、俺はちょっと考え込んだ。
美波?
そんな知り合い、いたっけな……?
首をひねって考え込んで、ふっと閃いた。美波。それって確か。
「中学でおんなじだった……あの、美波?」
美波杳(みなみはるか)。中学で一緒だった女の子。なんかいっつも愛想なかったんだけど、雪野って子と仲良くて。彰子が雪野と仲良かったから、その関係で、たまに一緒に遊んだり、したな。
一度、家に遊びに行ったこともある。そのとき、美波の兄貴にも会ったっけ……。
「……の、おにいさん……」
なんでだか、ちっちゃな声で彰子が付け足した。
ちょうど脳裏に思い出しかけてた美波の兄貴の面影を、その声がかき消す。
真っ赤になってる彰子。……なんで、こんなにかわいくできるんだろうな。
うつむいてる彰子の髪、くしゃっとなでた。天パかかった、ふわふわの黒髪。
「がんばったんだ?」
男の子は苦手、っていつだったか言っていた彰子。
『瑠希ちゃんはいいなぁ、気軽に話せて』
そう言ったことも、あった。
どちらかといえば内向的で、おとなしい彰子が、年上の学校も違う人に、勇気を出したんだ。
どんなことが二人の間にあったか、俺は知らないけど。
今、ここで幸せそうに笑ってる彰子が、答えだった。
「よかったな、彰子」
今度は本心からそう思えた。
俺の言葉に微笑んだ彰子が、まぶしかった。