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青の情景

Good-Bye

さよならを、言わなくちゃいけない。

わたしは彼に、さよならを言わなくちゃいけない───。


ふう、とため息をついた。

そんな表情が似合わない場所だってことは知ってる。でも。

わたしの顔はどうしたって憂鬱なものになる。

だって。

こんなところに来たくはなかった。

ここはわたしが来るべき場所なんかじゃない。

───なのに。

そんなのわかりきってることなのに。

どうしてわたしは来たんだろう。

どうして彼はわたしを呼んだんだろう。

『ごめん』

まだあの言葉が頭の中をくるくると回ってる。

……わたしの心は、まだあの日のまんま。

『───仁木』

そう呼ぶ彼の声が好きだった。

いつか、名前で呼んでくれるんじゃないか、なんて期待も抱いてた。

……自分からは、なんにも言わなかったくせにね。

だから彼女を恨むのは筋違いだってわかってる。

光の中の人。彼の隣で皆の祝福を浴びてる人。

……これを見せつけたかったの?そのためにわたしを呼んだの?

うつむいたまま、わたしはきゅっと両手を握りしめる。

……早く、帰りたい。

来なければよかった。招待状なんか無視して、なんにも見なければよかった。

そうしたら恨めたでしょう?

彼を。彼女を。

恨んで……自分は楽ができたのに。

顔を見てしまったら。

その顔を見てしまったら……納得するしかないじゃない。

あなたがいるのは幸せの場所。

わたしの元にはなかった、あなたの居場所。

───祝福の言葉なんて、言ってやんない。

それがわたしにできる精一杯の強がり。

そして……さよならを言おう。

それがわたしにできる精一杯の祝福。

だからわたしは、さよならを言わなくちゃいけない。

「仁木」

気がつくと声をかけられていた。

振り向いた先には、りりしい姿の彼。

「来てくれたんだ」

ほっとしたような顔でそう言った彼に、わたしは少しだけ口の端を持ち上げる。

……わたしは、笑えているんだろうか?

「招待状をもらったもの」

まっすぐに彼を見つめた。

ずっとできなかったこと。心の中を悟られるのが怖くて、まっすぐ見つめたりなんかできなかった。

なのに今は不思議なほど心が落ち着いてる。

それはすでに彼がわたしの心を知っているからなんだろうか。

「もしかしたら来てくれないかもしれないと思ってたんだ」

もしかしたら?かもしれない?

……いいえ、もっと高い確率で来る気なんかなかった。

そうして、もう一つの間違い。

来てくれないかも……じゃなく。来たくないかも、という可能性はなぜ考えなかったの?

何も言わず、ただ彼を見つめた。

らしくなく、落ち着かなげにしている彼を。

……これじゃ、いつもと反対じゃない。

そう思って、少しおかしくなった。

「来てくれて、よかった」

彼の言葉が、本当にそのまま本心だと伝わってしまうから、胸が痛い。

かつては同じ思いを分かち合いたいと思った。

でも無理だ。

来てよかったなんて、わたしは思ってない。

───これがわたしと彼の距離。

さよならを言って、早く帰ろう。

なにか馬鹿なことを言わないうちに。

「仁木。…俺は彼女に笑っててほしいと思ってる。幸せでいてほしい。好きだから」

いきなりそんなことを言われてわたしは戸惑った。

なんなの?

「のろけたいなら他で……」

「そうじゃない」

きっぱり言った彼の表情はなんのてらいもないものだ。真摯なまなざし。

先ほどまでの落ち着きのなさを制し、すっかり穏やかな表情になっている彼を見て、わたしは口をつぐんだ。

……何を言うつもりなの?

「俺は不器用だから、お前を傷つけたかもしれない。……いや、傷つけたと思う。でもこれは謝ってすむような問題じゃないから、考えた。どうしたらお前に償えるか。お前と友達でいたいから、考えた。俺なりに」

……なに?

思いがけない言葉に、わたしは驚いた。驚いたなんてもんじゃない。

その衝撃はたとえば、いきなり足元の地面がぱっくり口を開いてわたしを飲みこんだとしてもこんなには驚かないんじゃないかって、それくらいのものだった。

そんなわたしの前で、彼は言葉を続ける。

「それで出した結論が……お前に来てもらうこと、だった。果乃穂は反対したけど、俺はお前に来てほしかった。来て、見てほしかったんだ」

───ああ、やっぱり。

やっぱり見せつけたかったんだね。

「……それのどこが償いなの?」

低く、わたしは尋ねた。

そんなことしたって、わたしはもっと惨めになるだけじゃない。

かなわなかった恋を思い知らされるだけじゃない。

それの……どこが?

「俺は果乃穂が好きだから、彼女の幸せな顔を見ていたい。それで俺も幸せになれるから。───仁木、お前は俺が好きだと言ってくれたよな」

……………………………。

信じられない。

わたしは彼が言わんとすることを理解して、おもいきり目を見開いた。

そう、わたしは彼が好きだ。ずいぶん前から。

そしてそのことを彼も知ってる。

───でも、だからって。

「……白羽……あんたって……」

わたしは肩を震わせた。

だめだ、こらえきれない。笑っちゃう。

彼は不思議そうに首をかしげるけど。

「ばぁーっっか……」

笑いながらわたしはつぶやいた。

わたしは彼が好きだ。ふられた今でも。

彼も、それを知ってる。

……だから。

俺の幸せな姿でお前も幸せになれって?

なんて奴。なんてこと考えるのよ、まったく。

こんな馬鹿な奴……こんな奴だから、好きなんだよなぁ……。

でも、おあいにくさま。

「もっともっと幸せになってやるわよ」

にっこり笑ってわたしは言ってやった。

いつまでも自分にほれてるなんて思うなよ。

───だから、さよならを言おう。

次へ踏み出すため。

違う明日に向かうために。

彼に、さよならを、言う。

「───おめでとう」

- fin -