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願い

2

白い靄の中を、漂っていた。ただ、彼を探して。

邪魔をするものは許さない。誰であろうと。

排除する……排除、スル……ハイ、ジョ……ハイジョ……


「セリス様はなぜ、戦われるのですか?」

尋ねたわたしに、彼は不思議そうに首を傾げた。

「前にも同じ事を聞いたよね、ユリア?」

小さくうつむいたわたしは、そのままこくりと頷く。そう、前にもお尋ねした。あれはまだ、出逢って間もない頃のこと。

戦いに次ぐ戦いの中で、それでもどうしてもその空気に、その場所になじめなかったわたしはいつも、請われるまでテントから出て行かなかった。テントの隅で震え、そのライブの杖を振るってくれと言われてやっと腰を上げる。その繰り返し。

当然、周囲の視線は冷たく、親しい人ができるわけもなく。それでもセリス様はなにかと気をかけてくださって。

「いつもうつむいてばかりじゃもったいないよ、ユリア?世界は今こんなだけど、それでもまだ、美しいものはあるし、楽しいこともある。見過ごしてしまうのは、損だと思うけどな?」

あまりに屈託なく彼が言うから……だから、尋ねたのだ。

なぜ、あなたは戦うのか、と。明るい未来を脳裏に描きながら、血塗れた剣をかざすのはなぜなのか……と、そう。

彼は答えた。ほんの少し瞳を翳らせて……それでも、その意志の強さはそのままで。

「ユリアには、大切だと思える人は、いない?僕にはたくさんいるよ。その人たちを守りたい。その人たちが幸せに暮らせる場所を手に入れたい。そのために壊さなければならないものがあるから、戦っている」

でも。

彼の言うことはわからないではない……でも。けれど。

「僕らの手にかかって死んでいく、そんな人たちにも守りたいものはあるはずだ……そう、それも、わかってはいるんだよ。戦いは、悲しい。虚しい。一歩を進むごとに、嘘を重ねていく気がするよ。だけど……だから。僕は忘れない。この手にかけた人たちを。そうして僕が未来を断ってしまった人たちのことを。それで許されるわけじゃないけど……それでも守りたいものがあるって言ったら、君は僕を軽蔑する?」

結局のところ、ただの利己主義なのかもしれない、と彼は嘲笑った。それが、胸に痛くて。

ふるふると首を横に振ったら、なにかほっとしたような表情をした。少しあどけなくて、「光の公子」だなんて呼ばれている遠い人じゃない、すぐそばにいる人。

わたしには、守りたい人なんていない。レヴィン様は大切だけれど、守りたいというのとは、違う。違うと思う。だから、本当はセリス様の言葉が完全にわかったわけではなかったけれど……思った。この人が。セリス様が。

悲しい顔をされないといい。

そう、思った。その思いはやがて願いに変わって、そうして心に深く深く根付く想いになった。

それをなぜ今になって再び問うかといえば……ただ、不安だったから。なぜかわからない、けれどいつか彼と離れ離れになってしまう気がして、その時がひたひたと近づいてくる、そんな気がして、不安で不安で……だから、………だから?

うつむいたまま、はっと口に手を当てた。

戦う意味を聞いて、何を言おうとしたのだろう。何が、したかったのだろう?戦いをやめろと?それとも……二人、誰にも邪魔されない場所へ逃げてゆきたいとでも?

そんな、馬鹿なこと。そんなこと、言えるわけもない。第一、彼の心に、少しでもわたしは、いるのだろうか……。

浮かんだ考えに慌てて顔を上げた。先ほどの言葉を取り消そうと。

「あの、セリス様……っ」

上げた声にかぶせるように、彼が言う。

「僕の答えは変わらないよ。守りたい人がいるから、戦っている。……ユリア」

ぱちん、と目が合って……なぜか、息が苦しくなる。まっすぐに見つめられるのが、苦しい。

「君を、守りたい」

それは、ささやきのような告白。瞬きも忘れて、彼を見つめた。君を守りたい。その言葉が何度も頭の中に響く。

どれくらいそうしていただろう、やがて……そうして、やっと。

「セリス様……わたしも。わたしも、あなたを守りたい」

小さな声で答えたとき、温かなぬくもりに包まれた。抱きしめられた、とわかるまでに少しかかって……抱きしめ返すまでには、さらに時間がかかって。

グルティア城のあのバルコニーで過ごした夜の一時。風が、静かに吹いていた。


あの人が、好き。

セリス様が好きです。どうしようもなく。

けれどこの想いは、禁じられたもの。

ならばわたしは封じましょう。

好きだなんて言わない。愛してるなんて言わない。

愛してほしいとも言わないから───だから。

どうか、せめておそばに。

そばに、いさせて───。


どのくらい気を失っていたのだろう。ずっと頭にかかっていた白い靄のようなものがやっと晴れてきて……そうしたら。

「う…そ……」

心配そうに見つめる瞳。やさしく頭を抱えあげる、細い腕。

「ユリア、気がついた……?」

問う声に、涙があふれた。喉の奥も目の奥も熱くて、心が痛くて。

「セ…リス、様?」

どこか、テントの一つ。その中。遠く近く、人の声が聞こえる。けれど、テントの中は二人きり。わたしと彼の、二人きり。

二度と、会えないと思った。

白い靄の中を歩き続けながら呼んで、けれど会えなくて。遠く遠く離れてしまったことを、嘆いた。

「無事でよかった……っ!」

ぎゅうっと、力強く抱きしめられる。セリス様の匂い。セリス様のぬくもり。そのまま甘えてしまいそうになって……心が警鐘を鳴らす。軽く抵抗して、その腕の中から抜け出した。

二度と、会ってはいけないと思った。

思ったのに……。

「ユリア……?」

まっすぐにのぞきこんでくる彼の瞳。逃れられないその強さに圧されて、わたしはまた涙をこぼす。

あなたが好き。こんなにも好き。

涙でにじんだ世界で、それでもセリス様だけは鮮明で。結んだ視線が離れることはなくて……悟った。同じだけ、彼が泣きそうな顔をしていること。辛そうな顔を、していること。

あなたも、知って、しまった……?

流れる血の半分が同じだということ。同胞だということを。

それでも逃げずに、抱きしめてくれた……?

切なくて、苦しくて、胸が痛くて……同時に、嬉しくて、愛しくて。今逃れたばかりの腕に手を乗せた。抱きしめる。抱きしめ返す。あなたが好き。

「ごめんなさい……ごめんなさい……セリス様……」

愛してる、の代わりに、何度もごめんなさいを口にした。ごめん、ごめん…と彼の口からも同じ言葉がこぼれる。

その言葉に、二人、同じ選択をしたことを知った。

気持ちが同じでも。心が同じでも。

兄と妹。

わたしたちはそのままで、生きていく。寄り添いながら、けれど寄り添うだけで、生きていく。同じ母を想い、異なる父を想って。

あなたを守りたい。幸せでいてほしい。

だから、二つの体に流れる同じ血を、一つにすることは決してしない。そう、選んだ。

いつかレヴィン様がわたしに向けた目は、それを危惧するものだったのではないかと、今は思う。あなたは、知っていた……?

だから、あんなに悲しそうな顔をしたの……?

尋ねることは、きっとない。答えは、わからないまま。それでいい。

愛している。愛されている。この心は変わらない。いつか、新たな支えを得ることがあっても、彼は愛しい人であり続けるだろう。

わたしの生きている意味。守りたい人。わたしの、願い。

それは今、この腕の中にある。

- fin -