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それは遠き想い出の

「そうか」

シグルドは呟いた。そうか、ともう一度。

「あなたは、あのときの……」

彼の前で傭兵として雇われた男が皮肉に唇を持ち上げる。

「これも縁というのかね。あのとき会ったあんたに、俺が仕えることになるとはな」

それは。それは、遠き想い出の。

まだ、シグルドが士官学校に行っていた時代の話───。


「俺も妹が欲しかったなぁ」

しみじみとした口調で呟いたキュアンに、シグルドはきょとんとした顔を向ける。

「いきなり、どうした?」

エルトシャンも同じように怪訝な表情をするのに、キュアンは少しふくれたような顔で言った。

「だって、休みのたびにエスリンにおみやげだ〜ラケシスにおみやげだ〜って嬉しそうに選んじゃってさ。俺は一人でなんか寂しい」

「フィンに買ってやれば?」

エルトシャンがさもいいアイデアだ、というように言ったが、男ものなんか選んでも楽しくない、とあっさり却下される。

「こういう、ちっちゃくてかわいいものを男が選べるのは、女の子に贈り物をするときだけじゃないか。俺はそういうことを言ってるの。フィンにこんなの買ってどうするんだよ」

露店に出ていた陶器の小間物入れを示しながら、キュアンはぶつくさと文句をたれる。シグルドとエルトシャンは一瞬顔を見あわせ、どちらからともなく肩をすくめた。

「なら、うちのエスリンになにか選んでやってくれ。きっと喜ぶ」

シグルドの提案にぱっと笑顔になるキュアン。なるほどその手があったと喜んで露店に張り付いた。そのとき。

どん、と突き飛ばされるようにキュアンの体が前のめりに露店に突っ込んだ。盛大な物音を立てて店が崩壊する。

「何をしてくれるんだい!」

店を開いていた中年の女性が喚きながらキュアンを引きずり起こす。

「見なよ、あたしの大切な品物がみんなめちゃめちゃだ。どれもこれも、他所では手に入らない珍しいものだよ。一体どう責任を取ってくれるのさ!」

どう、と言われても。キュアンは目を白黒させるばかりだ。大体、一体どうして自分が店に倒れこんだのかもわかっていない。

「すまねぇな、おばさん。そいつじゃないんだ、こいつが押したんだよ」

猫の子を持ち上げるようにキュアンの襟を後ろからひょいとつまんで引き寄せた傭兵風の身なりの男が突然話に割り込んだ。キュアンを掴んだのと反対の腕に、ガラの悪い男を一人、捕まえている。

「弁償ならこいつにさせるからよ、その坊主は放してやってくれないか」

どん、と突き出した男を女性の方に押しやる。女性はその襟首を捕まえて、懇々と説教をたれ始めた。……助かった、とキュアンは胸を撫で下ろす。

「大丈夫か、キュアン?」

成り行きについていけずに見守っていたシグルドとエルトシャンが、キュアンと彼を救い出した男を交互に見比べた。男は少し声をひそめると、そっと彼らに告げる。

「悪ぃことしちまったな。実はちょっとあいつともめてな。吹っ飛ばした先にこいつがいたってわけだ」

悪かった、と言いながらちっとも悪びれないその態度にエルトシャンがむっとしたように口を開いた。

「ならばあなたも一緒に謝って弁償するべきではないのか?」

けれど男はあっけらかんと笑ってすませる。

「そんなもの。負けたあいつが悪い。俺が謝る必要がどこにある?」

「分別のある大人は、こんな場所でけんかなどしない」

男の態度が気に入らないエルトシャンはなおも言い募る。やめさせようとシグルドが小さく腕を引いたが、彼は止まらなかった。

「あなたも謝るべきだ」

「お断りだ。大体お前らは俺に助けられておきながら、どうしてそんな口をきく?感謝されこそすれ、言いがかりをつけられる筋合いはないはずだ」

どこまでも、男は傲慢だった。やれやれ、とシグルドは肩をすくめる。エルトシャンも適当にかわせばいいものを。強い正義感がそれを許さない。

なおも言い募ろうとしたとき、男が片手で制して、それを止めた。そうして。

「悪いが俺も忙しい身でな。ゆっくりお前たちの相手をしている暇はないんだ。これで勘弁してやるから、さっさと帰るんだな」

そう言って彼はエルトシャンが抱えていた包みをひょいと取り上げる。中身を確かめることもせず、そのまま脇に抱えて歩き出した。

「ちょっ…………それは…………!!」

それはエルトシャンが心を込めて選んだ、妹ラケシスへの贈り物だった。人ごみをすいすいと進んでいく男の後を、彼は追いかける。

「おい、エルト……!」

シグルドが呼んだが、彼は立ち止まらなかった。


その後しばらくして手ぶらで戻ってきたエルトシャンは、なぜか上機嫌だったのだけれど。あの時彼と男との間に何があったのか、シグルドは今も知らない。知らないままそれは想い出になり、いつしか胸の奥底にしまわれていた。

そうして。

アグストリアの動乱の最中傭兵ベオウルフと出会ったときも、彼があのときの男だなどと、まるで思い出しもしなかったのだけれど。

彼のほうはすぐにわかった、と言った。目立つ三人組だったから、どこの誰かなんて、知りたくなくても分かってしまった、と笑った。

珍しく二人きりで話をする機会があって、そういえば覚えているか、と彼から水を向けてきたのだ。

「あの時、一体エルトとあなたは何を話したんです?」

尋ねると、ベオウルフは薄く笑った。少し傲慢に見えるその表情は、そういえばあのときとまるで変わらない、とシグルドは思い出す。

「さてな。話した内容なんて覚えてないが…………あいつの妹を守るという約束をしたのは、覚えているな」

「ラケシスを?」

「ああ。いつかあんたが危機に陥ったら、あんたの妹を助けてやると。それまでこれは預かっておくと……そういったら、あっさり引き下がりやがった。なんだったんだかな」

ベオウルフの言葉にシグルドは苦笑した。まったく、彼という男は。エルトシャンという男は、そういう男だ。だまされたわけではない、ベオウルフを信じたわけでもないだろう。けれども。彼が口にしたその場しのぎの言葉中に、自分を満足させるものを見出したのだ。そうして、妹への贈り物をその代償として彼に与えた。……そういうところが、昔から、あった。

「経過はどうあれ……約束が果たされて、彼も喜んでいるかな」

そう言ったシグルドに、ベオウルフはフンと鼻を慣らす。

「……さてな。とりあえず、こいつは妹に渡してやるさ。……手向けにはなるだろう」

片手に収まるほどの小さな包みを、ベオウルフはぽんと宙に放り投げてはまた手中におさめる。

「それは?」

「あいつが妹に送ろうとしてたものさ。大仰な包装しやがって、ほどいてほどいてほどいたら、残ったのはこれだけだったとさ。中身は見てないがな」

得意の皮肉な笑みを口元に浮かべ、ベオウルフはじゃあ、と言う。兄の死に泣いて泣いて泣き伏しているラケシスにそれを渡しに行くのだろう。

エルト。君からの贈り物が、今ラケシスに届くよ。

ベオウルフを見送りながら、シグルドは胸中で共に語りかけた。

- fin -


FE聖戦誕生祭20作目。聖戦誕生祭のラストに書いたお話です。シグルド、キュアン、エルトシャンの若き日の物語。ベオウルフを出したのは、括弧つきとはいえ、彼の出番ゼロなのが個人的に悲しかったから、でした。

2003年5月14日 凪沢 夕禾