みんな君を愛してる
それは、別れの日の朝早く。
旅立ちの用意はもうすっかり整って、あとは出立を待つばかりとなったラクチェの部屋の扉を叩く者がいた。
「ヨハルヴァ……」
小さく驚くラクチェに、よぅ、と彼は無愛想に告げる。らしくもなく、なにやらもじもじとしていた。
「どうしたの、こんな朝早くから?」
尋ねると、また、もじもじと。
「ヨハルヴァ?」
訝しんで尋ねると、やっと観念したように顔を上げた。そうして。
「やる」
ずずい、と差し出したのは。
「花束……」
それは色とりどりの野の花を束ねた、大きな花束だった。花束、やらプレゼント、という言葉が今ひとつしっくりとこないヨハルヴァからの突然の贈り物にラクチェは困惑する。
「朝一番に東の丘で摘んできた。…餞別」
ほら、と。半ば押し付けられるようにして受け取る。ありがとう、と言葉を返す前にもう、彼は踵を返していた。
「ヨハルヴァ!ありがとう……元気で」
背中に向かって声を投げると、一瞬彼は立ち止まった。後ろを向いたまま、ひらひらと片手を振る。
彼がくれた花束は、お日さまの匂いがした。
それからしばらく時間が過ぎて。道中この花束をどうしようかと思案しているところに、また来客。今度はヨハルヴァの兄のヨハンだった。
「おお、愛しい人よ、今日の目覚めはいかがかい?」
いつものように大げさな身振り口振りで愛情表現をするヨハンに、これまたいつものように苦笑で返す。出会う度にやられていては、嫌でも慣れる。それに。
「それも今日で聞けなくなるのかと思ったら、ちょっと寂しいね」
ラクチェはヨハンのことが決して嫌いではなかった。大仰な物言いに時折辟易するのは確かだが、彼が自分を想う心に偽りがないことも、その言動に嘘がないことも、知っている。ただ少し、人よりも加減が下手なだけだ。あるいは頓着がない、というか。
「ならば、ラクチェ。今からでも遅くはない、手に手をとって我ら二人共に逃げようではないか。なに、恐れることはない、愛があれば恐れるものなどなにもない、行く手を阻むものはそなたの美しき剣技で斬り捨ててしまえばよいのだ……!」
うっとりと浸りながら、さぁ、と手を差し伸べるヨハンにふるふると首を横に振る。
「その気はないから」
にっこり笑って辞退すると、がっくりと幅広い肩が落ちた。しかし次の瞬間にはびっと顔を上げ、スマートな仕草でバラの花束を取り出してみせる。それが一体どこからどうやってわいて出たのか、ラクチェにはまるでわからなかった。魔法のようだ。
「ああ、愛しい人よ、ならばせめてこのバラを君のそばにいさせてはくれないか。わたしの分身であるこの紅いバラに日夜愛の言葉を捧げてくれれば、わたしも君との思い出に一生を捧げて生きていける」
どういう理屈かはわからないが、とりあえず花束を受け取れと言っているのは確かなようなので、礼を言って受け取った。ずしりと重い。
「ああ、さらば、さらば我が愛。わが愛しき人よ。今日は特別にいつもの3倍の花を用意したよ」
自慢げに胸をそらしたヨハンが帰っていくのを見送り、ラクチェは小さなため息をついた。
お昼前。いよいよ出立が近づき、ラクチェの部屋を最後の訪問者が訪れた。
「行こうか、ラクチェ」
そう言ってふわりと微笑んだセティは、けれども整理された荷物の上に鎮座するふたつの巨大な花束を見て唖然とする。
「これ……どうしたの」
どう見ても、長旅に持っていく代物ではない。ラクチェも途方にくれたような顔で、事情を説明した。二人、うーんと考え込む。
「似てないようで、似てるよなぁ……」
ぼそりと、セティが控えめに感想をもらした。
「……気持ちは、嬉しいんだけどね……」
これから二人ははるばるシレジアまで旅をするのだ。荷物は極力少ない方がいいし、大体花束など盛っていったらすぐに枯れてしまう。まったく気のきかない贈り物だった。そこに込められた気持ちは、とても嬉しいのだが。
「…じゃあ、こうしようか」
何かを思いついた様子のセティが、誰もいない室内で、けれど声をひそめて恋人の耳に何事かを囁いた。伝えられたラクチェがにっこりと笑う。
「きっと二人も、わかってくれるよね」
いよいよ出立の時。バーハラ城の城門が開かれ、セティとラクチェは馬を進める。騎馬での戦いはできないが、移動の手段としての馬なら使える彼らは、少しでも早くシレジアに戻るため、馬による旅を選んだのだった。
城門の前で一旦馬を止めると、ラクチェは振り返った。見送る人々はその胸に抱えられたふたつの大きな花束に首を傾げる。そんな彼らにラクチェは声を張り上げた。
「結婚式はしてないけれど、ブーケをあげるわ!ほら!!」
力いっぱい、ふたつの花束を投げ上げる。一陣の風がさらに高くそれらをさらい上げた。
空高く。
お日さまの匂いのする花束と、情熱的に輝くバラの花束が舞った。わっと歓声を上げた娘たちが我先にと駆け出してゆくのを、ヨハンとヨハルヴァは唖然として眺めていた。
花嫁から花束を受けるもの、必ず良縁に恵まれる。
真偽は定かでないが根強い人気のあるそんな言い伝えをまんまと利用されたのだ。白馬に乗ったセティと黒馬に乗ったラクチェが、騒ぎを尻目に城門から駆け出してゆくのを、彼らは見送る。半ば呆然と、そうして半ば笑いながら。
君に幸あれ。
透き通るような青空を見上げ、ヨハンとヨハルヴァはそれぞれに思う。花束の行く先は、気にならなかった。
- fin -
FE聖戦誕生祭16作目。ヨハルヴァはともかく、ヨハンは書くの難しい…。あのテンションは、自分の中にはないものなので、お決まりの台詞以外が出てこないんです。困った困った。それはともかく、ラクチェ×セティ。このカップリングはなぜかとてもお気に入りだったり。美男美女。
2003年5月14日 凪沢 夕禾