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手を繋いで夢を見た

昔は、ただ。

ただ、そのぬくもりが嬉しかっただけ。けれど、慣らされ、馴らされて。気づけば離れられなくなっていた。

逆らえなく、なっていた。


「イシュタル姉さま」

鈴を転がすような声、というのは彼女の声のことを言うのかもしれない。妹のようにかわいがっている少女の声を耳にするたび、イシュタルはそう思う。

かわいい、愛しい。その、反面で。

ひどく、憎たらしく思えるときがある。

「お姉さま、どうかなされましたか?」

ことり、首を傾げるティニーの頬を、そっと撫でた。そのまま下へ滑らせて、首筋に。

細い首。このまま力いっぱい握り絞めたら、どうなるだろう。彼女は抵抗するだろうか。じたばたとあがいて、もしかしたら自分のことを引っかいたりするだろうか。

それも、いいかもしれない。生まれて初めて彼女が自分に逆らうというのなら、是非見てみたい。

「お姉さま?」

愛くるしい瞳。愛らしい顔立ち。愛しまずにいられない、その心。愛されるために生まれてきたかのような。それゆえに愛されずに育ってきた、少女。

「……なんでも、ないわ」

ため息と共にイシュタルはティニーから離れた。いけない。

時折、ひどく残酷な気持ちに見舞われることがある。あの人の影響だろうか、とイシュタルは心を馳せた。今はそばにいない、けれどいつでもイシュタルに対して絶対の権限をもつ、主人へと。

ユリウス様───。

心の中そっと名前を呼んでみる。応えはなくても、それだけで幸せになる。それは、心の底がざわめくような、ちりちりとした痛みを伴う、幸せ。

中毒なのかもしれないわ。

苦い思いでイシュタルは嗤った。不思議そうなティニーの視線を感じながら。

「……お茶が、冷めてしまいますよ?」

怪訝な顔をしながらも、ティニーは深く追求することはしない。良くも悪くも、彼女は淡々とした性格だった。そうであることを強いられてきたからか。でしゃばらず控えめに、……そうして、何を見ても見ぬふりをして。

「あなたはいつか──幸せになれるのかしら?」

ぽつりとつぶやいたイシュタルにティニーはきょとんとした。

「わたしは……今でも、幸せですよ?」

浮かべる笑みに嘘はないのだろう。けれど。イシュタルにはその笑みが痛々しく見えて仕方ない。いっそこの手でくびり殺してやろうかと思うほどに、彼女は健気だ。

こんなことを口にしたら、ティニーはどう思うだろうか。狂っていると思うのだろうか。

いいえ。まだよ。まだ、狂気に堕ちてはいない。

それどころか、自分はその場所に到達することを許されないと知っている。あの人のそばにいる限り。絶対の狂気がそばに、ある限り。

「気にしないで。…今日のわたしはどうかしているわ」

そう。どうかしている。いつもはこんなこと…だらだらと考え込んだりはしないのに。まして、本人が目の前にいるというのに。

なのに今日はなぜか、思いが囚われて、一向に解放されない。

「……お茶にしましょう、ティニー」

ふるり、とかぶりを振って、イシュタルは自分の思考を断ち切った。断ち切ったと、とりあえず今は思い込んだ。はい、とティニーが微笑む。湯気の立つカップからはいい匂いがゆるやかに立ち上っていた。

それは、ある日の午後のこと。よくある普通の午後の過ごし方。

けれど彼女たちが共に同じ時間を過ごすのは、これが最後になることを、二人はまだ知らない。


「……っ、ティニーッ」

叫んだ声で、目がさめた。叫んだのは紛れもなく、自分。……夢を、見た。

「楽しい夢だったかい、イシュタル?」

ベッド脇。揺り椅子に身を深く沈めたユリウスが問う。イシュタルは慌ててベッドから飛び起きた。

「いつの間においでだったのです、ユリウス様」

来訪に気づかず、寝迎えたなどとは。なんたる失態だろう、と心の中で舌打ちをした。自分自身に。

「構わないじゃないか、別に。イシュタルの寝顔見るの、好きなんだ」

少し意地悪げな笑みを浮かべて、ユリウスが応えた。

「気持ちよく寝てる人って起こすの忍びないよね。いっそ、そのまま永眠させてやろうかと思うくらい」

にこにこと笑いながら彼はそんな言葉を平気で口にする。冗談などではなく本気からでるものだと知っているから、イシュタルはいつも返す言葉に困った。

「……いつか」

喘ぐように、囁くように、彼女はユリウスに返す。

「いつか、わたしも送ってくださるのでしょうか。あなたのその手で」

ユリウスが真紅の瞳を細め、ふぅんというように片眉を上げた。

「なに、おまえ、死にたいの?」

それは、優しい優しい問いかけ。紅い瞳に捕らえられ囚われて動けないイシュタルをなぶるように彼はじっと見つめる。

「だめだよ、イシュタル。約束したじゃない。ずっと、ずっとそばにいる、一緒にいるって。まさか忘れちゃいないだろう?」

忘れようはずもない約束を、契約を、ユリウスは持ち出した。それを思い出すたび、イシュタルは苦しくなる。逃れられない運命を、それでも呪いたくなる。

自ら、選んだ道だというのに。

「絶対に一人にしないから。そのかわりお前も僕を絶対に一人にしないこと。絶対に裏切らないこと。そう、約束しただろう?」

それは、今となってはもう昔の。約束を交わして繋いだ手も幼かった頃の、こと。あの日、二人同じ夢を見た。こんな未来ではなく、ただあたたかな。

ただ、お互いを必要としただけだったのに。

もしも。

詮無いことだとわかっていながら、イシュタルは考えずにいられない。

もしもユリウスとティニー、会う順番が違っていたなら。今この瞬間、自分はどこにいただろうかと。

そんな彼女の思いを見透かしたようにユリウスが言った。

「…明日、狩りをしよう、イシュタル。君が大切にしていた裏切り者。あの娘を、お前は狩らねばだめだよ、イシュタル?」

冷たい手が頬に触れて、そうして唇が触れた。震えるまぶたを閉じて、震える体を押さえつけて、イシュタルはそれを受け入れる。

明日。

もしも、かなうならば……神よ、その雷でこの身を撃ち滅ぼしたまえ。

それは、イシュタルの。最大にして最後の願い。そうして。

最後の、希望。


「お姉さま、どうして……!」

戦場で久しぶりに会った妹分は、ずいぶんと輝いているように、イシュタルには見えた。フリージの城にいたときは青白く、儚げな様子だったのが、生き生きとしている。

瞳に、生きる力が見える。

かなうならば、自分がその力を与えてやりたかった。その変化を、自分がもたらしてやりたかった。けれど。

「どうしても相容れないものというのは、確かにあるのよティニー。どんなに望んでも決して手に入らないものがあるのと同じように」

「けれど…!わたしはお姉さまと戦いたくありません!どうか、どうか……!!」

「引けぬ事情があるからここにいるのよ」

イシュタルと、ティニーと。真っ向から視線がぶつかりあう。そのことにイシュタルは新鮮な驚きと喜びを感じた。こんなふうに気持ちを、視線をぶつけあうなんて始めてのことだ。確実な手ごたえを感じる。押せばそのまま引いてしまうような反応ではなく、確固とした意志として返ってくる。それが嬉しくて、心が躍った。

こんなふうに彼女を変えたのはいったい何?それとも誰、だろうか。彼女を連れていったという兄だろうか。それとも。

いいえ、とイシュタルは思いを切り替えた。そんなことはどうでもいいことだ。ティニーを変えたのが誰でも。自分でないことだけは確か。

ならば。

「ぬるま湯につかって喜んでいるようならば、いっそ消えてしまいなさい!」

屈折、しているのだろうか。強く見返してくる彼女の視線が心地よくて、そして嬉しいのに、その変化が腹だたしい。ずっとそばに、置いておきたかったのに。

腕を振り上げる。裏切り者には死を。裁きのための雷を。

詠唱を始めたとき、ティニーが叫んだ。

「それはお姉さまの方です!」

思わず、詠唱が途切れた。瞠目する。

「なぜ…!なぜですか!どうしてユリウス様の呪縛から、離れられないのです……!」

言葉に詰まったイシュタルの、隣り。ユリウスが現れてティニーを睥睨した。

「呪縛とは、面白いことを言う。イシュタルは自分の意志でそばにいるんだよ。もちろん」

けれどお前は目障りだね、と。

それは死の宣告。ロプトウスの詠唱がはじまってしまえば、もう止められない。はっと身を固くして立ち尽くすティニーへ、思わず逃げなさいと叫びそうになる。そのとき。

「ユリウス様、いけない!」

視界の端、ティニーの後ろに。フリージ独特の紫がかった銀髪の髪を持つ青年が立っているのが見えた。そうして彼がユリウスよりもさらに早く、大きな力を持つ魔法を唱えていることも。

それは、うねる風の大いなる流れ。閃く稲妻を押し流し、奔流に巻き込んでしまう、力。

「フォルセティ!」

青年が叫ぶのと、イシュタルが身を翻すのは恐らく、ほぼ同時だったろうと思われる。全身を激痛に灼かれながら、彼女は初めて、自分からユリウスの腕に飛び込んだ。

「イシュタル!」

真紅の瞳が揺れて、滲んだ。最後は笑ってお別れをしたかったのに。

どうしても、選べなかった。ユリウス以外は。そこに理由なんかなくて。ただ、昔繋いだ手が懐かしくて。

ただ、貴方が大切だから。

全身全霊の力で、彼女はフォルセティを受け止める。跳ね返すのが無理だとわかっているから、せめて受け止める。ユリウスに害なすことがないように、すべて自分の身の内に。

「お姉さま!!」

ティニー。わたしは、あなたを選べなかった……。

声が、遠くなる。受け止めるユリウスの腕もまた、遠くて。すべてが、ぼやけた。

「イシュタルー!!」

声は、遠くて。ただ、幼い手のひらの感覚だけを、思い出していた。

- fin -


FE聖戦誕生祭13作目。いっそのことユリウスと一緒に狂気の世界に行ってしまえれば、それはそれで幸せだったんだろうなと思うんですが。そうなれなかったのが、彼女の彼女たる所以でしょうか。ティニーはひたすらお姉さま連呼でどうかと思いました(笑)。

2003年5月14日 凪沢 夕禾