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受け継がれるもの

東の地平が薄い赤に覆われる時刻。

ぶるる、と肩を震わせたジャムカの肩にばさりと外套が投げかけられた。振り返れば金髪の美女が目を細めて立っている。

「お疲れ様。交代だよ」

手にした弓でくい、といましがた自分が登ってきた階段を示した。

「おはよう。次の見張りはミデェールじゃなかったか?」

予想になかった人物の登場にジャムカは少し動揺している。それをどう受け取ったのか、ブリギッドは小さく首を傾げた。

「わたしじゃ、信用できないかい?」

ブリギッドは元海賊であり、しかも率いる立場にいた人間だ。まだシグルドの軍に合流して日も浅い。……それを懸念していると、誤解されたのだろうか。

いやいや、とジャムカはかぶりを振った。

「そういう意味じゃない」

渡された外套をありがたく受け取り、彼は立ち上がった。見張り台を降り、ブリギッドに場所を明け渡す。

「……あんたさ。お腹、空いてないかい?」

すれ違いざま、ブリギッドがそう尋ねた。そういえばそうかな、と少し考えたジャムカに手のひら大の包みを放ってよこす。手のひらにじんわりとした熱を伝えてくるその包みからは、とてもいい匂いがした。

「これ…?」

「少し早く目がさめたから、パン焼いてみたんだ。よかったら食いなよ」

見張り台からブリギッドが答えた。

わざわざ俺のために?

一瞬そんな問いが口をつきかけたが、この匂いの前にそんな質問は野暮だという気がして、問う代わりに早速包みをほどいて中身を取り出す。そこまで慌てなくてもいいじゃないか、とブリギッドが呆れるのもよそに取り出したパンにかぶりついた。

「───うまい!」

一口かじって、口の中に広がるうまみにジャムカは破顔する。お世辞ではない賛辞に、ブリギッドは嬉しげな顔でうんうんとうなずいた。

「あんた、いい嫁さんになれるな」

口いっぱいにパンをほおばりながらそう言ったジャムカに、ブリギッドはくくっと笑う。

「パンひとつで男が釣れりゃ、誰も苦労はしないよ」

朝陽を背に受けた金髪の美女が、さも苦労しているような口ぶりでそう言うのがなにかおかしくてジャムカは苦笑した。

バカなこと言ってないで早くおやすみ、と彼女が手を振る。それに対してジャムカは真摯な眼差しを向けた。

「また、作ってほしいな」

一瞬虚を疲れたように目を瞠ったブリギッドだったが、ややあってからゆっくりと微笑んだ。陽の光に朱金に輝く髪を風に遊ばせ、どこか不敵な笑みを浮かべる彼女はまるで女神のように神々しかった。眩しそうに目を細めるジャムカに女神は言った。

「わたしより強い男には、いくらでも作ってやるさ」


レスター、と呼ぶ声がした。少し離れた場所からぶんぶんと元気に手を振って、片おさげの少女が跳ねるように駆け寄ってくる。そばまでくると彼女はほんの少し息を弾ませながら背負っていた袋からがさごそと両手の平にちょうどおさまるほどの包みを取り出した。

「レスター、はいっ、お弁当っ」

「お、サンキュ。うまいんだよな、パティのパンは」

差し出された包みを受け取り、レスターは顔をほころばせた。まだ幼さの残る従妹の髪をくしゃくしゃと撫でる。パティは目を細めながら、えっへんと胸を張った。

「あったりまえよぉ、母さん直伝だもの。あたし、お兄ちゃんと違って弓は上手くなれなかったけど、これがあるからいいんだ」

最後はほんの少し、声が小さくなった。小さな頃に生き別れ、ほとんど記憶もない母の面影を、けれどパティは大切に抱きしめている。そんな彼女が愛しくて、レスターはまた、その髪を撫でた。

「うちの母さんと違って料理が上手だったもんな、伯母上は」

それはまだ、レスターがとても小さかった頃の話。パティよりもレスターのほうが彼女の母ブリギッドと過ごした時間が長いというのはなんとも皮肉な話だったが、自分の思い出にある伯母のことを話すとき、パティがとても嬉しそうな顔をするから。

だからレスターは折あるごとにブリギッドの思い出を語る。

「レスターも母さんのパンを食べたことある?」

二人、並んで腰を降ろしながらの昼休憩。レスターはこの日、見回り当番だったため朝から馬で出かけていた。騎馬ならば大したことはないが、徒歩となると少しばかり遠い距離だ。それをわざわざ弁当ひとつのために出向いてきてくれたことを、心底ありがたいと思う。苦労を苦労と厭わない彼女の大らかな気質がどれだけ自分を癒すか、本人はきっと気づいていない。

「ああ、あるよ。パティのと同じ味がした。うまかったよ」

レスターの言葉に、パティは嬉しそうに笑う。それからふと首を傾げた。

「そっかぁ。……だからかな?」

恋人手製のパンをかじりながら、レスターも合わせて首を傾げる。

「なにが?」

「レスターがあたしを好きになったの」

げほり。思わずむせた。

「なんだよ、それ?」

大丈夫?とパティが背中をさする。それから、あのね、と口元をほころばせた。

「だって、母さんが言ってたんだもの。好きな男を射止めたくなったら、このパンを食べさせなさいって。母さんはそうやって父さんを射止めたんだよ、って。だから」

レスターの脳裏に弓の師でもあった伯父の姿が浮かぶ。まさか、パンに釣られたとも思えないが、本当にそうだったのだろうか。

「俺は別にパンがうまいからパティのこと好きになったわけじゃないけど……」

まぁ、なんにせよ。

「パティのパンがうまいのは、確かだよ」

えへ、とパティが嬉しそうに笑う。

「あたしね、弓も使えないし、馬にも乗れなくて。だからレスターと同じ場所で戦うことはできないけど……でも、精一杯頑張ってお弁当作るから。そうやって一緒に戦うから、ね」

あまりかわいいことを言われたので、レスターは照れた。照れ隠しに慌ててパンを飲み込んだので、またむせる。

「大丈夫っ?」

恋人に世話を焼かれながら。うららかな午後はほのぼのと過ぎていく。

- fin -


FE聖戦誕生祭11作目。パティのお弁当イベントで考えついたネタ。ブリギッドのキャラはどうしても、海賊の姉御というイメージが抜けないのです。お姫様なんだけどなぁ、ほんとは。お子様世代のパティとレスターカップルは、思ったよりもほのぼの。書いていて楽しかったです。

2003年5月12日 凪沢 夕禾