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君のとなりに

一人になりたくて、考え事をしたくて、けれど考えたくなくて、街をふらふらと歩いた。そんなとき。

ふと目に留まった、小さな屋台。

無精ひげをはやし、薄汚れた白い上着をだらしなく羽織った男が広げた布の上、小さな輝きを放つ光のかけらがいくつもきらめいていた。

いかにも女の子が喜びそうな指輪や腕輪、耳飾り、頭飾りに混じって、見たことのない飾り物が置かれている。それに興味を惹かれて僕はその屋台に近づいた。

常は屋台なんて眺めることもせずに素通りする僕を遠目から引きつけたそれは、きらきらと光る小さな石をいくつもぶら下げた細い紐だった。

あまりに細い紐なので、遠目からはただ、宙に石が浮いてきらめいているように見えたのだ。

「これ、何?」

指差して尋ねた僕に、屋台の脇で片膝をついて座っていた男が顔を上げる。にやっと片方だけ唇を上げて笑った。

「飾り紐さ。知らないのかい?」

生憎と僕は女の子の好むものに疎くて、そのせいでいつも幼馴染のティルテュにバカにされたりするわけだけれども、こんなところで見栄を張ってもしょうがないので、小さくうなずいた。

「知らない。何に使うもの?」

僕の問いに男はわずかに首を捻って考える。

「そうさな、頭でも腕でも首でも、好きなように好きなふうに使えばいいのさ。何本かまとめて腰に巻くなんてぇのも、いいかもな」

男の答えを聞いた瞬間、僕の脳裏をよぎったものがあったのだけれど、それど同時に胸をよぎった苦い思いもあって、僕は踵を返した。

「かわいい彼女に買っていかないのかい?」

背にかかる男の声に、そんなものいない、という言葉が喉元までこみあげる。けれど。

『アゼルは、どう思う?』

少し心配げな面持ちで尋ねた、少女の顔が思い出された。訴えるようなその眼差しに、そのとき僕は応えられなくて。

笑っていてほしいと、ずっと願ってきた。そのためになんでもしようと思っていたのに、結局僕は彼女の欲しい言葉をあげることはできなくて。今も、できないままで。

彼女の求めるものは。欲しがっている言葉は。

僕はそれがなにか、知っている。それは僕にとってとても辛いことだけれど。

何度も足を踏み入れた堂々巡りの迷路に、また迷い込みそうになって、僕はかぶりを振った。歩き出す。

僕は、僕にできることをすればいい。それだけだ。


舞い散る雪と、花びら。髪に、肩に降りゆくそれに負けないほど白くまばゆい衣裳に身を包み、彼女はしずしずと歩く。薄いベールの下にあるのは、昔からよく知っている顔のはずなのに、なにか別人みたいで。

一抹の寂しさを抱きながら見つめていたら、彼女がこちらを見た。とびきりの笑顔で。僕は一瞬呆気にとられてしまった。…こんな顔の彼女を、ずっと見たかったんだ。そのためにいろいろ努力したけれど、いつも空回りばかりで。笑わせるどころか、怒らせたり、悲しませたりしてばかりで。

けれど今、彼女は笑っている。それも極上の笑顔で。

ああ、なんだ。こんなに簡単なことだったんだ。彼女の求めるものを、素直に受け入れさえすれば、彼女は笑ってくれたんだ。

それは、僕にとってとても辛いことだったけれど。でも、彼女はとても幸せそうで。だからきっと、これでよかった。

「こら、アゼル。泣くやつがあるかよ。ティルテュが見てるぜ」

レックスがこそっと言いながら僕をつついた。不覚にも僕は涙なんか流してしまっていて…花嫁の笑顔はもうすっかり消えていて。

ああ、しまった。こんなつもりじゃなかったのに、つい胸が一杯になってしまって。

ぐい、と涙をぬぐって僕は微笑んだ。不安げな面持ちでこちらを見ている、花嫁姿の彼女に。

大丈夫、ティルテュ。綺麗だよ。きっと君は幸せになれる。

そう、心で語りかけた。

一瞬ことり、首をかしげた彼女の耳に、花婿が何事か囁く。それに耳を傾けて、そして。ぱぁっと、笑った。花が開くような、笑顔だった。

僕は…僕の、願いは。君のそばにいること。できれば、君のとなりに。今、彼がいる場所に…いたかった。けれど君は彼を選んで、そうして聞いた。

『アゼルは、どう思う?』

幾人かの反対を受け、嫉妬を受けて悩んだ彼女。それでも彼のことがあきらめられず、背中を押してほしくて僕の所に来たのだとすぐにわかった。あの問いかけがどれほど僕にとって残酷なものだったか、彼女は知らない。

だから僕は彼女の願う言葉を返せずに、何も言えずに、ただ言葉を濁して。逃げた。そのもとから、その願いから。笑って欲しいと願う思いと裏腹に、その顔を曇らせて。

けれど、今。彼女は笑っている。僕に向けて。

君のとなりに。

僕はそう願ったけれど…それよりも。そうして笑っていてくれることのほうが、なによりも、嬉しい。

どうか。どうか、幸せに────。

祈りながら。

花嫁の胸から腰へ、幾重にも巻かれた飾り紐のきらめきがまぶしくて、僕は目を細めた。

- fin -


失恋アゼル君、の巻。まず屋台でお買い物、という構図が浮かんで、そういうシチュエーションだったらアゼルが似合いそう、ってんでアゼルが出てきて、んじゃ何を買うんだ?って考えたらこうなった、というお話。

できればこのあと彼にも幸せになってほしいなぁ思うのですが、いかんせん恋愛スキルはなぜか平民のほうがやたらと高い傾向があるのですよ、わたしがプレイすると。うふ。ということで、ちょっと不明です。

ちなみにティルテュの旦那様はまだ秘密。

2003年2月10日 凪沢 夕禾