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あの日見た夢の続きを

約束 (in 750)4

連れてこられた場所は、何もかもが違っていた。

知らない場所。知らない人。知らないしきたり。

────ここで暮らすんだ。

案内された部屋で、フィンは軽く唇をかんだ。

広い部屋。生活に必要なものはすべてそろっていると案内してきた人は言った。

端正な顔立ちの彼は、いずれこの国をしょって立つレンスターの王子、キュアンだ。

この国の王子なんてやってる人が、どうして自分の世話なんかしてるんだろう。

フィンにはそれが不思議だ。

……でも、そんなことはどうだっていい。

知らない人ばかりの中、それでも自分は生きていかねばならないのだ。他に行くところもなく、また自分の中に流れている血があるために。

「フィンも一緒に行こうよ」

屋敷を去るとき、セノウはそう言った。本当は一緒に行きたかった。

……でも、僕にはやることがあったから……。

大好きだった祖父が残した言葉。大好きだった祖父に置いて行かれた人たち。

どうしても代わりをしなくてはならなかったから──── 一緒になんか行けなかった。

「結局お前だってお貴族様なんじゃないかっ!」

別れ際涙ながらに叩きつけられた言葉に、フィンの胸は今も痛む。

────僕だって、一緒に行きたかったんだ……。

けれどそれは許されないわがまま。

祖父が大切でなければ……彼の願いなんてどうでもよいのなら。

自分は彼と共に行っていただろうけれど────こんなところに、来たくもないこんなところにやって来たりなど、絶対しなかったのに。

……ここで、生きてゆく。一人で。

──── 一人で……。

「フィン?」

声にフィンは思わず飛びあがりかけた。

振り返ると、いつのまに戻ってきたのかキュアンが部屋の入り口に立っている。

「部屋は気に入ったか?」

ゆっくりした足取りで近づいてくる彼の言葉に、フィンはあいまいにうなずいた。

気に入ったかもなにも、部屋の中などろくに見てもいなかったけれど。

どうだっていい。文句も、わがままも……そんなもの言う権利など、自分にはない。

「……キュアン様。僕は────ここで、何をすればいいんでしょう?」

祖父から託された役目は、ここまでだった。

屋敷の整理をし、恥ずかしくない状態で王家に渡すこと。そして、フィン自身も行くこと。

そのあとのことは、知らない。

「ああ、そのことで来たんだ。お前は確か10になるんだったな」

「はい」

キュアンはフィンの隣りまで来ると窓を開けた。少し身を乗り出して下をのぞき込む。

「────お前も私の隊に入らないか」

一瞬、聞き間違えたかとフィンは思った。

……キュアン様の隊に?

驚いて目を丸くする彼をキュアンはまっすぐなまなざしで見る。

「もちろん今すぐ戦場に出ろとは言わない。だがいずれ私の力になってはくれないか?そのための訓練を始めるのに、早過ぎるということはない」

フィンは無言でキュアンを見返した。

その瞳に嘘はない。ないけれど……。

「……僕は」

視線をずらし、フィンはうつむく。

「僕は戦いは好きではありません」

キュアンの視線を、痛いほどに感じた。顔を上げる勇気はなかった。

「…………好きではない、か。好きで戦っている奴が、果たしてどれほどいるものかな」

ため息混じりにキュアンが落としたつぶやきに怒りは含まれていなかった。それをフィンは意外に思う。

もっと激しく怒ると思っていた。

だって彼は、栄えあるランスリッターの指揮官なのだから……。

「フィン」

強い声に呼ばれ、フィンは顔を上げた。目に入るのは穏やかな表情のキュアンだ。

「なぜ戦うか、それを考えたことはあるか」

なぜ、戦うか……。

フィンが答えるのを待たず、キュアンは先を続ける。

「守りたいものがあるからだ。大切なものを守るために人は戦う。……少なくとも私はそうだ」

ゆっくりと、自分自身にも言い聞かせるような話し方。

「この国も、そこに住む人々も、部下も、家族も……皆を守りたいと思って戦っている。それが私に課せられた義務であり、責任であり……願いだからだ」

穏やかながらきっぱりと言い切った彼に向け、けれどフィンはかぶりを振った。

納得できない。

守るために戦う?そんなのは変だ。だって、だってそれなら……!

「守るために人を殺すんですか?そんなのおかしいです。その人にだって大切な人がいるはずでしょう。守るためだったら、もっと他に方法があるはずだ!」

そう言った彼の瞳に、涙が盛りあがる。

「自分の大切な人を守るためだったら、他人の大切な人を殺してもいいんですか?そんなの大人の勝手な言い訳だ!もっと……もっと大人がちゃんとしてくれてたら、セノウだってひとりぼっちにならなくてすんだのに!」

キュアンが戸惑いの表情で見ている。

止めなくちゃ。

そう思ったが、一度あふれだした言葉はなかなか制御できるものではなかった。

「僕は戦いになんか出たくありません。そんなのは、殺し合いの好きな人がすればいいんだ!」

ぐいっ。

服の袖で涙をぬぐい、フィンはキュアンを睨みつけた。

返るのは不自然なほどに静かなまなざし。

「────わかった」

感情の起伏の表れない声でそう告げ、キュアンは少年に背を向ける。

「……お前は、頭の中で夢を描いていればいい────」

去り際の彼の言葉の冷たさに、フィンはきゅっと拳を握り締めた。

間違ったことを言ったとは思わない。

戦争なんて、おかしいのだ。人が人を殺すなんて、そんなこと。

そう思っているのになぜ罪悪感が胸を刺すのだろう。

頭の中で、夢を────。

キュアンの残した言葉が、ひどく痛かった。